第二章 西へ

(幕間)ボストン1650

 その夜、ウィリアム・ストートンは実家に戻り、彼の大学卒業を祝うパーティーを終えたばかりだった。客人が帰ったあとに現れたのは、義理の兄・ジョージ・スターキー医師。

「卒業おめでとうウィリアム」

「ジョージ兄さん! いったいどうしてボストンへ? 兄さんが居なくてフィラデルフィアの診療所は大丈夫なんですか?」

「病院は売り払ったよ」

「え? スザンナはなんて……」

「結婚したばかりの彼女には悪い事をしたと思っている、でも、スザンナも一緒にボストンへ来ているんだ。ここへは連れてこなかったが、ボストン港近くのホテルにいる。危険だからね」

「危険? フィラデルフィアで何か問題でも起こしたんですか?」

「ちょっと、とあるインディアン部族とイザコザがあってね。どうにも、彼らはしつこいんだ」

「フィラデルフィアくらい大きな町でも、インディアンに襲われるんですか?」

「時間が無いんだウィリアム。今日来たのは君のロンドン行の船に同乗させてもらおうと思って、予約の手配を頼みに来たんだ」

「船なら紹介出来ますけど、でも、ロンドンへ逃げなきゃならないほどの相手なんですか? トマス・ダドリー総督に掛け合ってみたら宜しいんじゃないでしょうか?」

「ダドリーは私のような異端者が嫌いなお方だ。それに、ボストンに新たな争いの火種を撒くつもりはない。私が海を渡れば、インディアン共も追っては来れない。さぁ、この金は手間賃だ。受けとってくれ」

 手渡された布袋には、数百枚の金貨。

「こんな大金受けとれませんよ! 仮にも大学を卒業して聖職者になったばかりなのに」

「後で返してくれてもいい。とにかく、今は持っていてくれ」

 ――ギギギー。

 大広間にある扉が開き、そこに現れたのは小柄なインディアンの少女。

『見つけましたよ! 返してください』

「クソッ! もう来やがったか……。後は頼んだウィリアム!」

「あ、ちょっと兄さん! 君は誰だ?」

 

 ジョージ・スターキーは、インディアンの少女が入ってきた途端に裏口から逃げ出した。彼を追いかける少女の後をウィリアム・ストートンも追いかけて外に出た。そこで、彼は信じられないものを目撃した。なんと、足元の地面から生えてきた木に少女が飛び乗り、勢い良く伸びる幹に乗ったままスターキーを追いかけた。

 それに対抗するように、今度は振り返ったスターキーが天を指さした。すると天空からの雷が彼に迫っていた木を貫いた。ウィリアムはあまりの眩しさに目を閉じた。瞼に感じる明るさが止んで、目を開けると、スターキーの姿はすでになく、残されたのは黒焦げになった斜めに伸びる大木と、その横に降り立った無傷のインディアン少女。その少女がスターキーを探して周囲を見回した時に垣間見た、緑に輝く大きな瞳。そのエメラルドのような輝きが、彼の心に一生忘れえぬほどの羨望と恐怖を植え付けたのだった……。

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