使用例 原作45話より
演習場は、源家でも本家の人間に仕える戦士が激しい大規模戦闘の訓練をするための地として確保され、障害物のない平らな強化装甲を施した地面のみが広がっている。
奨は森を抜けこの地に逃げ出て来たが、それを閃が逃すはずもなく、とうとう開けた戦いの場へと追い詰められることになった。
森ばかりの地では激突を避けるためスピードを出し切れなかった閃も、この慣れた戦闘場では100パーセントの実力を出し切ることができる。
閃は一気に加速し、奨に接近して斬りかかる。
数回の剣戟。
「ぐ……」
何とかここまで致命傷を受けずに済んでいた奨も、すでに息が上がり、体がこれ以上の戦闘継続困難を訴え始めている状況。
「ここまでだな。人間としてはよく頑張った。癪だが、剣技を含め戦闘力は目を見張るものがあると認めよう」
一方で閃の方は多少息が上がっているが、まだまだ運動の途中という感じで、疲労は全く見せない。その上体に傷は全くと言っていいほど入っていない状況で相手をからかう余裕がある。
「だが、もう俺のフィールドだ。ここからフルスロットルでいくぞ? けがをしたくなければ、ここで降参と言う手もあるが?」
「……寝言を言いたいなら家に帰れよ。ほら、すぐそこだぞ?」
「いい調子だ。最後まで俺を失望させるなよ? 太刀川奨」
奨の目から闘志は未だ消えてはいない。しかし、闘志だけで覆るような状況ではない。
奨は現状、手持ちのすべての戦闘支援データを使っても、閃を倒すことはできないだろう。
源家の次期当主、そしてその弟の話は島国の倭本土では有名だ。仮に近い未来冠位の中の徳位十二家のどれか1つが衰退したら、恐らく源家は新たな徳位候補に推薦されるだろう。
徳位やその直下の仁位に選ばれる大きな要因はただ一つ。それは〈人〉の社会の中でも畏怖されるほどの戦闘力だ。源閃も源鋼もその戦闘力が、同じ仁位の戦闘員の中でも抜きんでて高い。
故に、いくら傭兵として腕を磨いてきた奨でも、苦戦は当然だった。
(工夫どうこうの問題じゃない。これは、このままやっても勝てない)
もはやこれまでか。
奨の体に一瞬悪寒が走る。以前味わった地獄のような体の変調、体の内部を一つ一つ強引に改造されているような気持ち悪さと痛みが襲い3日ほど動けなかったことを思い出す。
しかし今この命は1人だけのものではないことは自覚していた。
(使おう。腕輪を)
腕についているもう一つのデバイスに意識を集中する。
そして明人がかけていた封印を、特定のパスワードを念じることで解除した。それと同時に、秘めていた策を発動する。
元々リスクを冒してまで偵察機で源家領内をできる限り探っていたのはこの日のため。そして奨は、仮に源家本家の領地内で戦うことになった場合、この地に相手を誘導することに決めていた。
それは、今から使おうと決めた奥の手を使う時に障害物があると性能を100パーセント引き出せないからだ。
そして邪魔が入らないように、奨は新たなデータを起動する。
戦闘訓練場を囲むようにして透明度の高い結界が張られる。それは訓練場の外からの敵の侵入を防ぎ中からの逃亡を許さない。穴のない完全結界だった。
閃は一瞬で異変に気付く。
周りを見渡し、すでに自分が結界の中だと分析するに至った。
(結界……まさか、あいつこの状況で、俺を撤退させず正面衝突で戦うつもりか……?)
そしてさらに重要なことに気が付いた。そちらは驚きのあまり声に出ていたが。
「待て、訓練場を囲うほどのテイル……、1万は必要だぞ、そんなテイル供給源はどこから?」
奨を見る。
そこで、閃は気が付いた。
奨の腕、そこに、見覚えのある腕輪がつけられていることに。
それは襲撃者と同じく、人間を〈人〉に変える腕輪。発動したら、体質を〈人〉の物に変え、テイル粒子の最大保有量を30000以上に人工的に増やすことができる。どのようにそんなことをしているかは分からないものの、これにより、元が人間であっても〈人〉と同じように戦えるようになるということ。
奨の腕に装備された銀色の腕輪は夜闇を祓うかのうように煌めき、起動している証をたてる。
「貴様……それは!」
「勘違いするなよ? 俺は襲撃者の仲間じゃない。これは故郷で死んだ莉愛先生の形見。あの人の命を奪った腕輪だが、〈人〉と戦う力を授けた魔器でもある」
「く……!」
奨が持っていたはずの短剣は、その姿を消し、
「借りるぞ。〈惨華〉」
その手に一振りの美しい打刀が握られた。
閃はその名を聞き、脳の奥底に眠っているある記述を思い出す。
6年前、徳位で関東近辺を支配していた北条家の傑物。当主、北条時臣を殺したのは一人の傭兵であり、その者が扱った剣が、〈惨華〉よ呼ばれる日本刀だったと。
「お前ぇえ!」
閃の表情は余裕を見せていた今までと一変し、すぐに奨を止めるべく行動を起こした。〈白閃〉を使用して、刺突による光線で、奨を貫くため撃ちだす。
しかし、奨は躱す様子もなく、ただその刀を光線を受け止めるために前に差し出しただけだ。
しかし、いままで猛威を振るっていたはずの〈白閃〉による破壊光線は、その刀にぶつかるだけで2つに割れ、軌道を大きく右と左に変えて、奨に当たることなく飛んでいく。
「な……!」
その様子を見る奨の目は異様だった。今まで黒が多くを占めていた瞳は、澄んだブルーのグラデーションを瞳から広がるように描いている。
その瞳に見られた瞬間、閃は体に異常が起こるの感じる。まるで足がしびれ、動かなくなったような錯覚。
(錯覚……のはずだ。瞳を見るだけで影響を及ぼすなどというものは、伝承に出てくる邪視、その目に見られるだけで呪いをかけられる類のものだ。しかし、テイルは本来元々肉体として完成している目の性質を変える力はない。邪視を引き起こす目をつくることはできないはずだ)
しかし、足は動かない。
閃が自身に起こった説明し難い現象に混乱する間に、奨は刀を構え、そして閃に近づくことなく振り上げる。
予想されるのは、刀を用いた斬撃を飛ばす〈撃月〉か、斬撃を遠距離の任意の場所に発生させる〈風刃〉など、何かしらの遠距離攻撃。
しかし、それ等の攻撃はシールドを簡単に割る力は持っていても、閃の剣を割る力は持ってない。閃の使用する剣は完全オリジナルの一級品であり、さらにそれに〈白閃〉を乗せることにより高威力の斬撃を出すことのできる武器。
閃は奨の放った斬撃を迎え撃つため白く輝かせた剣を構える。
奨の攻撃は様子がおかしかった。〈撃月〉の類であれば飛ばされた斬撃が風を切る音がするはずで、〈風刃〉であれば相手が斬るのと同時に斬撃が発生する。しかし、どちらの条件にも当てはまらない。
そんな違和感を閃が感じた直後、彼の目の前で急に、色のない何かが大気を割る音を目の前で響かせ始める。
「な……」
それは間違いなく飛ばされた斬撃だった。しかし、すぐ近くになるまで閃は飛んできた気配に気が付かなかった。
そして驚くべきはその威力。〈白閃〉を使用した斬撃をもってしても斬り裂くことも弾くことも叶わず、衝撃波は徐々に閃を斬り裂こうと、閃の抑えの剣を押し込んでくる。先ほどの撃ちだした直後の静寂が嘘のように、エネルギーの拡散よる暴風と耳を貫く轟音を伴い、閃を追い詰めていく。
「ぐ……おぉ……」
目の前の斬撃波は、刃がぶつかる部分の周囲が微かに黒く変色し、それ以外は透明だった。
奨の一撃の威力に負け、徐々に押し込まれ、弾くことすら不可能と悟った閃は横に跳んで躱した。斬撃は閃と通り抜けて奥まで。森の木々を容赦なく、斬撃に籠められたエネルギーが霧散しきるまで両断し続けた。
「信じられん……あんな攻撃、徳位の分家レベルだぞ」
閃にとって、競り負けるというのは初めての経験だった。
(あの〈惨華〉から放たれる斬撃、あれは危険だ……!)
奨の奥の手。それが凄まじい斬撃波を放つ日本刀。これにより閃が力負けで敗北する確率は大いに高まった。
先ほどまで呼吸が荒かった奨は、腕輪を使ってから、呼吸は整い再び臨戦態勢に入っている。テイル粒子の大幅な増加によるものだった。
奨は再び剣を構えた。そして閃を見る。その顔に閃は恐怖する。
奨の顔に浮かんでいたのは絶対の勝利の自信でも、倒すという確たる信念でもない。ただ目の前のを斬るだけ、その作業と淡々にこなせばいいと語り、閃を敵としてすら見ていない冷酷な目。
「ぐっ……!」
再び足に襲い掛かる凄まじい痺れ、これで閃はまた奨が仕掛けるだろう攻撃を、受けざるを得ない状態に追い込まれる。
「ならば……!」
閃は奥義となる戦闘データを使用する決意をした。〈白閃〉を使う際に比べ、10倍ものテイルを使用する。
剣はまるで封印を解かれる竜の咆哮とでも形容すべきな咆哮を上げ、閃の剣は光るに止まらず、白の雷を纏いはじめ、雷がほとばしった先を強固な戦闘場の地面を焼き焦がしていく。これが撃ちだす準備で剣にエネルギーを宿している状態。
源家次期当主は、その全力を解放しようとしていた。エネルギーの総量的に、着弾して爆発を起こせば、島の8分の1を吹き飛ばす大爆発を起こせるほどの火力がある。それを1点、剣に集中させ、光線として奨に撃ちだそうとしていた。
閃は己の最大火力を引き出すその戦闘支援データの名は〈白閃〉の進化体として、〈白源閃光〉と名付けられている。
それほどのエネルギーが込められていることくらい、戦い慣れしている奨からすれば明らかだ。しかし奨は逃げない。あくまで剣を構え、攻撃を続行する気だった。
(失うには惜しいが、奴ごとあの剣は、葬り去る。ここで!)
閃は剣を突き出すため、腕に力を込めた。
瞬間。
「なに……?」
こちらを向き、剣を構えていたはずの奨が姿を消していたのに気づく。
奨はその時、閃の背中を超え、後ろに居た。
閃は慌てて振り返る。
その時、源家次期当主を自負するまでの男が正気を失いかける出来事が起こる。
右腕が体の動きについてこなかったのだ。まるで、胴体から腕が切り離されたかのように。
――比喩ではないと気が付くのに時間は要さなかった。
源閃は勘違いしていたのだ。
奨が腕輪の力を使い、〈惨華〉を振るうときの本当の脅威を。
確かにその刀は閃を圧倒するほどの攻撃力を有する。
しかし〈惨華〉は本来、剣の振りや戦闘中の移動などの、使用者の速さを飛躍的に上げる妖刀。
奨が初めに力を誇示したのも、腕輪の力で変質した目で行う、テイル消費の激しい威圧の邪視を使って動きを封じたのも、閃を力の比べ合いに誘導するため。
多少の隙を覚悟でエネルギーの集約が必要な攻撃を選んだ閃のその隙を狙い、奨は妖刀により得た速さで接近、右腕を狙ったのだ。
(「固有名詞」企画用) 〈惨華〉 とざきとおる @femania
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