びりびり

 伊勢の商人で、年に二度、越前へ買い付けに出かける男がいた。

 やがて男は問屋で働く娘と深い仲になり、「そのうちに妻へ迎える」などと娘を喜ばせることを口にしていた。

 真に受けた娘はかいがいしく男の世話をしたものだったが、男には伊勢に妻子がいた。


 ある正月。伊勢に戻った男が、友人たちを酒席に招いたときのことだった。

 寒い日の事だったので、火鉢を囲んでいると、カエルが傍に寄って来た。

 冬眠しているはずのカエルがやってきたことに男たちが困惑していると、ひとりが「おまえの財産がひっくりかえるしるしではないか」とだじゃれを言った。

 座に笑いは起きたが、楽しくなかった男は火鉢を手に取り、それをちんにゅうしゃの背中に当てた。

 カエルは手足をびりびりとさせたのちに死んだ。


 正月が過ぎ、雪もとけたので男が越前へ向かうと、問屋の夫婦が歓待してくれた。

 しかし、例の娘がいないので、さりげなく事情を聴いてみたところ、娘は死んでいた。

 夫婦の話すその死に方は実に異常であった。

 娘は問屋の妻と茶を飲んでいた最中に、突如、手足をびりびりとさせた末に事切れてしまったとのことだった。

 亡くなった時刻を尋ねたところ、男がカエルを焼き殺した時刻と一致していた。

 「あの子はあなたが来るのを本当に待ち遠しく思っていました。かわいそうなことだ」と問屋の妻が語った。


 その年の九月のある夜。

 伊勢の自宅で男が寝ていると、窓の障子に人影が映ったので、男は刀を手に取り、窓に近づこうとした。

 異変に気がついた妻も起きだして、家の外に目をやった。

 すると、庭に二十ばかりの娘が、死に装束で立っているではないか。

 娘は口からえんを吐き、そのたびに障子へ彼女の姿が映った。

 男をにらみながら娘が少しづつ二人の元へ近づいて来たので、妻が「あれはだれですか」と男に尋ねたところ、返事の代わりに男はその場へ倒れ込み、そのまま死んでしまった。



参照:高田衛編・校注「江戸怪談集上」の宿直草『幽霊、偽りし男を睨ころす事』

二つの話をむりやりつなげた感じが強い。他にも疑問点はあるが悪くない話。

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