ゆらい

  夜。ある侍の奥方が用を足していると、毛深い手にお尻をなでられた。

 しかしそこは侍の妻である。驚く様子を見せずに用を済ませて立ち去った。


 奥方が寝所に戻って夫に話すと「それはきつねのたぐいにちがいない」と言う。

 それならばと奥方は、小刀を隠し持ってふたたびかわやへ入り、用を足すふりをした。

 するとまた手が出てきたので、奥方が切り落として正体を調べると、それはたぬきの前足であった。


 次の夜。裏口の戸がたたかれたので、侍が「こんな夜更けに誰だ」と尋ねると「昨日のたぬきでございます」と返答があった。

「昨日はつまらぬことをして、ご迷惑をおかけしました。お怒りは当然ですが、どうかお許しいただいて、わたくしの前足を返していただけませんでしょうか」

 とたぬきは謝ったが、侍は許さなかった。

「人をたばかるようなたぬきの手を返すものか。それにたとえ返したところで何かのやくに立つものでもあるまい。命は助けてやるから、早く立ち去れ」

 もっともなことを言われても、たぬきはあきらめなかった。

「どうか前足をお返しくださいませ。足さえ戻りましたら、妙薬でつなげることができるのです」

「ならば、その薬の作り方を教えてくれ。そうすれば返してやろう」


 以上が狸薬のゆらいである。話のような効果はないが、打撲にそこそこ効く。



参照:高田衛編・校注「江戸怪談集上」の宿直草『たぬき薬の事』

よい話。侍の奥方は怖いね。

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