敬虔な女

 夕方に寺を訪れて朝方まで修行をする。

 それを毎日続けている男がいた。

 そんな彼と同じく、夕方の参拝を欠かさない女がおり、彼女ならば極楽へ行けるだろうと男は常々感心していた。


 さて、ある夜更け。

 お堂で男が修行をしているときのことだった。

 境内に鬼が五匹、女を引き連れて現れると、庭の何もないところに火炎が立った。

 おびえている男をよそに、鬼は女の髪と手足をつかみ、その火であぶりはじめた。

 何度も裏返しにされながら、女は何事かを叫んでいる。

 しかし、その声は聞こえない。

 体のあちらこちらからは、ぽたぽたと血が流れていた。


 「何の罪でこのような罰を受けているのかは知らないが」と男が近寄ってみれば、彼女ならば極楽へ行けると感心していた顔なじみの姿がそこにあった。

「これは予想だにしなかったことだが、私の与り知らぬ罪が彼女にはあるのだろう」

 男はそのまま様子をながめていたが、夜明けを告げる鐘の音が響くと、鬼も女も消え去った。

 男も家に帰り、その日は寺へ戻らなかった。


 翌々日の夕方。

 男が寺へ出向くと、くだんの女も五体満足でやってきて、いつものように仏を拝んでいる。

 しかし男がこっそり様子をうかがっている前で、女は賽銭さいせんを懐に入れて素知らぬ顔で去って行った。

 「女の罪はこれだったのか」と男は判じた。

 その日の夜も鬼たちが来て、賽銭を盗んだ女を責め立てた。

 その様子を見ながら男は考えた。

「なぜ、この様を仏は私にお見せになるのだろう。そうか。これは女を諭せというお指図にちがいない」


 次の日、寺を訪れた女を男は人気のないところへ連れて行った。

 そして、夜更けに自分が見たことを伝え、何か罰を受けるようなことをしていないかと尋ねた。

 「ありのままに言えば、仏様が助けてくださるかもしれない」と付け加えて。

 すると女は涙を流しながら、独り身の貧しい暮らしのために、賽銭を毎日盗んでいたことを告白した。

「ここであなた様にお声をかけていただけたのは、仏さまが私をあわれんでくださったからでありましょう。しかし、いまの苦しい身の上で、どう罪をつぐなっていけばよいのでしょうか」

 しばらくして女は泣き止んだ。

 そして、自分の焼かれている姿を見たいと言った。

 「それはよいことだ」と男は答え、二人で夜を待つことにした。


 翌日、女は寺の住職のもとへ行き、すべてを告げて許しを求めた。

 結果、女は尼となった。

 寺の庭に立ち、自分の身に起きたことを参拝客に語り続けたとのこと。

 包み隠さず。



参照:高田衛編「江戸怪談集上」の宿直草『誓願時にて鬼に責めらるる女の事』

悪くない話だが、手短に訳すのに苦労した。

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