ひいひい

 ある門前町の餅屋での話。

 旅の老僧が店を訪れて一宿を求めたところ、店の夫婦は快諾した。

 夫婦には娘がひとりおり、たいへんな美人だったが、顔色がとても悪かった。


 それは、夜更けに僧が寝ているときのことだった。

 他の部屋から、娘の「ひいひい」といううめき声が聞こえてきた。

 「ひいひい」は二時間あまりも続いて、ようやく収まった。


 翌朝、僧は夫婦をただした。

「昨夜の娘御が苦しむ声は聞こえていたでしょう。よく、助けもせずに寝ていられましたね」

「昨夜の声は聞こえておりました。しかし、珍しいことではないので、そのままにしておきました。昨日のようなことが、もう五年も続いています」

 夫婦によると、毎日というわけではないが娘は熱にうなされて、無意識に「ひいひい」と声をあげて苦しむとのことだった。

「あらゆる治療やとうを試みましたが効果はなく、途方に暮れているところです。このままでは嫁のもらもありません……。あなたさまは諸国を巡っておられるとのことですが、うちの娘のような病人が、他国にもおりましたでしょうか」

 夫婦が涙ながらに語り終えると、僧は次のように答えた。

「実はお宅に宿を求めたのは、娘御に関わる話をするためであったのだ。よく聞きなさい」

 


 東国で流浪の旅を続けていたときのこと。

 私が廃寺で夜をやり過ごしていると、夜中に鬼がまな板をもって庭に現れた。

 鬼は一匹ではなく、その後に四匹の鬼が若い女を連れてきて、そのまな板の上に女を載せた。

 どうなるのだろうと私が見ていると、別のまな板を女の上に載せ、四匹同時に上から押し始めた。

 「ひいひい」と叫びながら血を流す女。

 その血を鬼のひとりが升で受けつづけ、しばらくしてから「今日の分は取れた。もういいぞ」と言った。

 するとそれを合図に鬼たちは去って行った。

 残された女はどうにか立ち上がり、私に話しかけてきた。

「恥ずかしい姿をお見せしましたが、鬼と共に去らぬのは、あなたさまにお伝えしたいことがあるからです」

 そう言ってから、娘は自分があなた方の娘であることを告げた。

「私は死んで先ほどの苦しみを受けているわけではありません。生きながら罰を受けつづけて、もはや五年になります。父母が自分たちの犯している悪事を改めなければ、この報いはいつまでも続くでしょう」

 娘御は、寺の方々が世上に疎いのを良いことに、あなたたちが餅を高く売りつけていると申しておりました。

 その不正に得た利益の分だけ、鬼から血を取られていると娘御は嘆いておりましたぞ。

 そして、こうも申しておった。「生きている間にこれだけの責め苦に合わされる。死んだあとはどうなるのでしょう」と。

 自分の身に起きていることを知ってもらって、罰当たりな金儲かねもうけを止めてほしい。

 それをあなた方へ伝えるように、私は娘御から懇願されたのです。

 証拠として娘御が服の片袖かたそでを私に渡しますと、娘御だけでなく、寺すらも消えてしまいました。

 これは仏さまのお指図にちがいないと私は思い、東国から上京してきた次第です。

 さて、これがその片袖です。お確かめあれ。



 渡された片袖を夫婦が確かめると、確かに娘のものであった。

 正月に買ってやった着物を取り出してみれば片袖がない。

 合わせてみたところ、ぴたりと合った。

「ああ、娘の病気は私たちのせいだったのか」

 嘆く夫婦を教え諭すと、老僧は店を出て行った。




参照:高田衛編・校注「江戸怪談集上」の宿直草『建仁寺の餅屋告げを得る事』

長くておもしろみに欠ける話は訳がだれる。もっと要約すればよかったかも。

なお、寺の者は銭ではなく油と交換で餅を買っていたが、そこは変えた。

江戸初期に、消費都市である京都で物々交換はめずらしいことだったのだろうか。

「江戸怪談集上」は半分まで読み進めている。訳したい話がふたつある。

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