うめき声

 早朝にある人が社へ参拝に出向き、つい詩歌を吟じたところ、拝殿から大きなうめき声がした。

 声を頼りに天井裏をのぞいてみると、大きなクモが男の首筋に食いついていた。

 侵入者に気づくとばけものは逃げ去り、クモの糸で身動きの取れない男が残った。

 糸を切りつつ、「どなた様ですか」と男に尋ねると事情を話してくれた。


 私は旅の者ですが、昨日の夕方にこちらへ着きました。

 宿が見つかりませんでしたので、この社で朝を待とうと思い、ひとりさみしくしておりましたところ、同じような境遇の男がやってきました。

 意気投合して話し込んでおりましたら、男が美しい小箱を取り出しまして、「これは良いものだろうか」と私の方へ投げました。

 ひとつ見てやろうと思って箱を両手でつかんだところ、ひどくねばねばしていて手が離れなくなりました。

 それならばと両足をつかって手を箱から引き離そうとしたがだめでした。

 両足も箱にくっついてしまい身動きの取れなくなった私が男のほうを見ますと、そこには大きなクモがおりまして、私を天井裏へ運び込むや血を吸い始めた次第です。



参照:高田衛編・校注「江戸怪談集上」の宿直草『蜘蛛、人をとる事』

嘯くを「詩歌を吟じた」と訳した。「口笛を吹いた」のほうがおもしろいか。

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