10-4 きたねぇな!
リュウの父親を殺したなんて違うと言ってくれ。
だが。
「私が彼の命を奪ってしまったことに違いはありません」
鈴木は静かに答えた。
あの口ぶりだと「殺した」と言うほど積極的ではなかったのだろう。仕方なく、手違いで、といったところか。
「しかしそれとこれとは今は関係ありません。リュウ君をあなた方に渡すわけにはいきません」
リュウは竹本に腕を取られたまま、じっと鈴木を見つめている。
「ふん、俺の闘気を弱めたことで勝ったつもりだろうが、切り札を用意していいるのはそっちだけやない」
竹本の言葉を合図に、彼の相棒からすさまじい闘気が噴き出してきた。
男を見ると白色に強く輝く闘気が天井にまで揺らめいている。
数メートル離れているのに圧を感じるほどだ。
なんだ、これ。
こんな闘気、ありえるのか。
勝てる勝てないの話ですらない。
体が小刻みに震える。
思わず鈴木を見た。
本心を読ませない彼が狼狽している。
「はははっ。闘気を爆発的に高める
竹本の勝ち誇った哄笑が部屋に響く。
ありえないほどの力を得た男が、世記と
ひっ、と息を呑む。
男が腕を振り上げる。手には巨大な闘気の塊が白く渦を巻いている。
やられるっ!
世記は思わず目を閉じた。
瞼の向こうが明るい。圧倒的な力が迫ってくる。
だが体に痛みはない。
世記は恐る恐る目を開ける。
深い
男が放った闘気は鈴木が消し去ったのか、見当たらない。
「逃げなさい」
世記達に背を向けたままの鈴木の声は、思いのほか、優しかった。
世記の隣の寿葉が動いた。廊下に出るのかと思ったが逆に部屋の右手奥、柏葉のそばへと走った。
世記も彼女に続く。
「逃げなさいと言ったのに」
鈴木は微苦笑を浮かべて軽く肩をすくめた。
そんな表情やしぐさはいつもの彼なのに、ドーピングしてすさまじい闘気を手に入れた男と遜色ない闘気を放出している姿は異様に思える。
彼がもっと早くからその力を使ってくれていれば、世記達は苦労せずとも暴力団達から身を守ることができたのではないかと憤る気持ちもなくはない。
だが彼には彼の事情があるのだろう。特に今日のことは本来鈴木が手を出すことを渋っていた個人的な案件だ。そこに付き合わせて秘密にしていたことまで暴露されたのに、まだ世記達を助けようとしてくれていることには、感謝しなければならないのだろう。
とにかく今は鈴木が男に勝利してくれることを願うしかできない。
世記達が固唾を飲んで見守る中、鈴木とドーピング男との死闘が幕を開けた。
暗がりの中、白い光をまとった二人が高速で交錯する。
どちらがどちらかを見間違えないのは、鈴木の闘気は体を離れると藍に変化するからだ。
確か藍の闘気って回避の「水」だったな、と世記は心の中でつぶやいた。
初めの数秒は動きの速さに圧倒されたが、目が慣れてくると二人の足運び、体裁き、手の動きも目で追えるようになった。だがあまりにも速いので、例えば実況をしろと言われたらかなり端折ったものになるだろう。
男は明らかに打撃系、鈴木は男の攻撃をかわしてからの反撃を狙っている。組手を得意としているように思える。
戦況は五分五分かと世記は見積もる。
いや、鈴木の方が若干有利かもしれない。
鈴木の動きは相手の攻撃を狙った場所に誘っているように感じるのだ。
世記の直感どおり、ついに鈴木が相手の動きを完璧にとらえた。男の腕を取り、勢いを利用して地面へと引き倒す。
柔らかな動きに見えたが、男の体が床に叩きつけられる音はかなり痛そうだ。
寿葉や柏葉からため息が漏れる。きっと似たような戦いをする彼女達の方が鈴木の動きに見惚れたに違いない。
男はすぐに立ちあがった。
心なしか彼を覆う闘気が揺らいでいる。
もしかすると攻撃を食らうと不安定になるのか? と世記は期待する。
鈴木と睨みあう男が、ふと視線をずらす。
またなにかしてくる――。
世記が考えを巡らせる前に、男がこちらに跳んできた。伸ばしてきた手を辛くも逃れたが、圧倒的な気の放出を受けて壁に体が押し付けられる。
隣で、悲鳴が上がった。
寿葉の声だ。
体勢を立て直しつつ目を向けると、男が脇に抱き寄せる恰好で寿葉を捕まえていた。
「闘気を引っ込めろ、“セイ”。従わないならこいつを殺す」
男は空いている左手に光の闘気を集めていく。
「きたねぇな!」
湧き上がる怒りを声に乗せた。
リュウや柏葉も寿葉を案ずる声をあげる。
「どんな手を使っても勝ってなんぼの世界や」
暴れるリュウを捕まえたままの竹本が鼻で笑う。
鈴木は男と寿葉を見つめ、思案している様子だ。
いい作戦がまだ浮かんでいないのだろう。
(だったら俺が二階堂さんを助ける)
男の左手に拳をぶつけて闘気を弱らせる。そうすれば寿葉にも脱出のチャンスがあるかもしれない。
相手は人を抱えているのだ。少しは反応も鈍いはず。
瞬時に行動を決め、世記は男に打ちかかった。
男の左手に拳を叩きつける。
白い光が広がった。
次の瞬間、世記の腹に衝撃が加わる。
息が詰まり、動きが止まる。
足からがくりと力が抜けたところに、上から打撃が降ってきた。
後頭部を殴られ、世記は胸から地面に叩きつけられた。
すぐさま背中の上から圧がかけられた。もっとも、そんなものがなくても痛みが全身に駆け巡っていて動けないのだが。
世記が攻撃を加えた瞬間、男はすぐさま反応し、世記に膝蹴りを浴びせ、後頭部を拳で殴ったのだ。
そして今、うつ伏せに倒れた世記の背中を踏みつけている。
寿葉を助けるどころか、自分まで人質となってしまったのだ。
「アホなヤツやな。自分からやられにいきおった」
竹本が大笑いしている。
悔しいが反論どころか反応もできない。
首を動かして鈴木に目をやった。
なにかをあきらめたように一つ息をついた鈴木の体の周りの闘気が消えた。
「子供達に危害を加えないでください」
竹本がさらに笑いながら男を見て顎をしゃくった。
世記の背中から圧が消えた。
男の気配が鈴木に向けて動いたと思ったら鈴木の呻き声が聞こえた。
寿葉に助けられ体を起こしながらそちらを見ると、男がうずくまった鈴木の体を幾度も蹴りつけている。
鈴木は防御の姿勢を取ろうとしているが一度攻撃を受けるとすぐに体制が崩されている。
「やめろ!」
「やめるわけないやろ? 勝ってなんぼの世界や、言うたやろ」
いいざまだ、と竹本が言い捨てた。
助けに入るべきか?
だがまたやられたら?
世記は歯噛みした。
「はなせよぉっ!」
リュウが叫んだ。
彼の体から“気”が噴き出してくるのを感じた。
竹本がぎょっとした顔でリュウを見下ろしている。
リュウの体の周りがうっすらと白く光り、ゆらゆらと立ち昇る“気”を感じる。
「なにが、勝ってなんぼの世界だよっ。ひきょうなやり方で人を苦しめるのが当たり前ならおれは、ぜったいおまえらの仲間になんか、ならない!」
力強く宣言したリュウの“気”がさらに高まった。
ついに、リュウの体から放たれる“気”が赤いオーラとなった。
(属性「炎」、俺と同じか)
切羽詰まった状況なのに、世記はなんだか嬉しかった。
「攻撃主体の炎か、父親と同じだな」
「おれは西田リュウだ。マフィアとか、ストームなんとかとか関係ない! これからもそうだ!」
リュウの怒りが高まるとともに赤い闘気も勢いを増す。リュウは竹中の手を簡単に振り払った。
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