10-5 逃がすかよっ!

 同時に後ろからもすさまじい闘気がほとばしった。

 これは、鈴木の闘気だ。

 皆がリュウに注目している中、鈴木は反撃のチャンスを待っていたのだ。


 世記としきが鈴木の方に目を向けた時には、鈴木の放った闘気が男を包み込んで氷の柱と化していた。

 柱が砕け、男の体に突き刺さる。

 男は甲高い呻き声を漏らした。


 膝をついたのは男だけではなかった。技を放った鈴木も腹を押さえ苦しそうにしている。

 あれだけ勢いの強かった鈴木の闘気が、今はまったく感じられない。

 柏葉が心配そうに鈴木の隣にしゃがんで彼を支えた。


 男は立ち上がったが、体にまとう闘気はかなり小さくなっている。


 これなら、いけるかもしれない。

 世記は寿葉ことはとリュウを交互に見た。


「おれ、戦えるのかな。兄ちゃん達のじゃまにならないかな」

「大丈夫だ。おまえにその力が備わったのは、今が使う時だからだ。自分の力を信じろ」

「わたし達のこともね」


 サポートはきっちりする、との頼もしい寿葉にリュウだけでなく世記も元気づけられる。

 リュウは大きくうなずいた。


「いい気になりやがって」


 男は怒りに血走った目を向けてくる。彼を同盟の三人が囲む形で戦いが開始された。


 男の狙いはリュウのようだ。極めし者になりたてのリュウをさっさと倒して数を減らそうという算段だろう。

 だがそれを許す二人――特に寿葉――ではなかった。


 男はリュウに拳を向ける。

 リュウは少々大きな動きで攻撃をかわして直接的なダメージはない。

 さらにリュウに当たりそうな攻撃はすべて寿葉が阻止している。


 三人の動きが複雑で、世記が入り込む隙も無いほどだ。


 男はやがて世記の存在を意識しなくなってくる。いや、世記に意識を向ける余裕がなくなってきたのか。


 これは好都合だ。

 世記は息をひそめ闘気の解放も抑えて冷静に三人の動きを見つめる。


 攻守のバランスが少しずつ同盟に有利に動き始める。

 回避するだけだったリュウが寿葉の反撃の後にさらに追撃を試みる。


 男は舌打ちをして、闘気を体の近くに収束し始めた。

 これは範囲技がくるな、と世記は見積もった。


 今こそ、存在を希薄にしていた自分の出番だと世記はにんまりと笑う。

 すっと男の後ろに忍び寄り、今まさに闘気を放出しようとしている彼の膝の裏を蹴りつけた。


「あ?」


 まったくの予想外だったのだろう。「膝カックン」をくらった男は体を大きくのけぞらせながら間抜けた声を出す。


 すかさず寿葉が男の腕を取り、思い切り投げ飛ばした。

 派手な擦過音を立てながら男が床を滑る。


「あー、顔からすべってったぞ。いたそー」


 リュウが衝撃をわが身に受けたかのように体を縮こまらせる。


 男は呻き声をあげている。立ち上がるまでに少しかかりそうだがまだ完全に戦えなくなったわけでもなさそうだ。


「よし、リュウ。やるぞ」


 世記はリュウのそばに立ち、少し腰をかがめてリュウの視線に合わせる。


「やるって?」

「あいつはまだ動ける。KOしないと勝利じゃない」

「とどめをさすってことか」

「そこは戦闘不能と言っておこうか。おまえの因縁はおまえが断ち切るんだ。闘気を使った技を教えるぞ。利き手をあいつに向けろ」


 リュウが言葉に従うと世記はうなずいて、気の練り方を教える。


「今、体の周りにある闘気をその腕に集めるイメージをするんだ。呼吸は大きめで」


 男を睨みつけるリュウの手に闘気が少し集まり始める。

 まだ技を放つには不完全なリュウの前で、男が顔を押さえながら動き出す。


「……だめだ、間に合わないよ」

「大丈夫。本当に間に合わないなら俺だけでいく。だから技に集中しろ」


 世記はニッと笑って、自分の手に闘気を集めて見せた。

 少し安心して集中を再開したリュウのてのひらの先に闘気が集まり、本物の炎のようにゆらゆらと揺れている。


 男はこちらに目を向け、焦った様子で立ち上がった。


「今だ、闘気を押し出せ!」

「うん。――いっけえぇぇ!」


 リュウの気拍の声に送り出された闘気が放たれる。

 世記が撃ち出した闘気が隣に並び、追い越した。

 二つの炎が男に襲いかかる。

 世記のそれはブロックされたが男の腕は外にはじかれた。そこへリュウの炎が飛び込んだ。


 腹を撃たれ、男は短い悲鳴と共に床に膝をついて、倒れた。

 もう動けそうにない男に、やっと終わったと世記は長い息をついた。


「あ、ああぁ、……くそっ」


 戦いをずっと見つめていた竹本がその場に立ち尽くして体を震わせていたが、世記が目を向けるとはじかれたように背を向けて出口へと向かった。


「逃がすかよっ!」


 世記は数メートルを二歩で跳び、さらに力強く床を蹴った。

 空中をスライディングの姿勢で滑り、竹本の背中を蹴りつけた。

 斜め上へと跳ね上がり、天井にぴたりとてのひらをあわせて体を押す。

 竹本が悲鳴を残して床に叩きつけられた時には、世記はジャンプした位置に戻っていた。


「どうだっ! 秘技、三角関数、完全版!」

「すげー! きれいな三角だったぞ!」

「確かにそうだけど、三角跳びをする意味はあったの?」

「そこはほら、フィニッシュは綺麗に決めないとってことで」


 大絶賛のリュウと、笑いながら突っ込んでくる寿葉に世記も笑顔を返した。


 これでやっと、みんな無事に家に帰れる。

 世記は心底勝利の嬉しさをかみしめた。

 だが、廊下の方から複数の気配が近づいてくるのを感じ取って世記は再び臨戦態勢を整える。

 寿葉も表情を硬くして世記の隣に並んだ。


 現れたのは一組の男女。二人とも三十代ぐらいだろうか。

 とりわけ男の方が厳しい表情で部屋をぐるりと見渡した。

 誰だと世記が尋ねる前に、男の視線が部屋の奥に定まった。


「部長! 何ですかこの死亡フラグのメールはっ」


 男はずかずかと部屋に入ってきて、世記達をスルーして鈴木の方へ向かった。


「部長?」

「鈴木さんのこと?」

「あ、おっちゃんがアゴで使ってる部下だな」


 同盟の三人が顔を見合わせてると、遅れて入ってきた女性が「顎でっ」と笑った。


「いや、私そんなこと言ってませんよ」


 柏葉に支えられて座る鈴木が弁解するも、目の前まで歩いて行った部下の男が「今はその話はいいです!」と一喝したのでおとなしくなった。

 部下はさらに「こんな無茶をして」と説教モードに入っている。


「あれ、本当に部下か?」

「どんなメール送ったんだろ?」

「『六時十分まで私からの連絡がなければ、私の身に何か起こったと思ってくれ』で始まってたわ」


 世記達の隣の女性が、肩より少し長い茶髪を手で後ろに流しながら笑っている。

 パンツスーツでキリっと立つ彼女は気さくな雰囲気だが隙が無い。

 さすがおっさんの部下だなと世記は思った。


「病院行きますよ。はい、立ってください」

「いたたた。もうちょっと優しく扱ってくれないかな」

「極めし者でしょう? 闘気で痛み抑えてくださいよ」

「闘気、ほぼからだよ」

「そんなの知りません」

「ひどいな」


 部長と呼ばれる立場の鈴木にあの態度はどうなのだと思ったが、部下の男の表情は鈴木を心配そうに見ていることに気づいて世記は「ツンデレかよ」とつぶやいた。


「あ、よく判ったね、彼、真正ツンデレなのよ」

「余計なこと言ってないでおまえはここの処理しておけよ」

「はいはい」


 男が鈴木を支えて入口へと向かう。


「また明日、伺いますので。それまでゆっくりとしていてください。――よいお年を」


 鈴木はいつものへらへら笑いで世記達に軽く手を振った。


「あ、うん、お大事に」


 世記の返事に鈴木はまたにやっと笑って、男と一緒に部屋を出ていった。


「明日って、おっちゃん来れるのかな」

「きっと大丈夫よ。あなた達は部屋に戻ってね」


 残された女性が優しそうな笑みを浮かべて言うと、暴力団の二人組を見張りながら携帯電話を取り出した。


 これ以上ここにいても邪魔になるだろうと、世記達はマンションに戻ることにした。

 ビルを出て、世記は携帯電話の時計を見た。十八時十五分と表示されている。


 作戦開始から三十分も経っていない。

 戦闘はほんの数分のことだった。

 これが極めし者の戦いなんだなと実感する。


 男や鈴木の放っていた闘気を思い出して、今更のように身震いする。

 もしも男の攻撃を急所にまともに受けていたら、死んでいたかもしれない。

 戦いの中では感じなかった恐怖が今頃やってきた。


『あなたも高レベルの極めし者と会ったらきっと、恐れる側の気持ちが実感できますよ』


 鈴木と初めて会った日の言葉を思い出した。


 彼はいつだって自分達を力づくで従わせることができるだけの力を有していたのだ。

 そう思うと今まで感じなかった怖さを鈴木に対しても抱いてしまう。


「兄ちゃん、ふるえてるぞ。だいじょうぶか?」


 リュウが心配そうに見上げてくる。

 世記は慌ててかぶりを振った。


「寒いんだよっ。――なんだよ今の気温零度とかおかしすぎるだろっ」


 携帯電話の天候表示がさらに体感温度を下げてしまった。


「雪が降るぐらいだからね」

「つもらないかなー」

「やめろやめろ、積もったりしたら明日の朝が地獄だ!」

丹生にぶくんは本当に寒いの弱いのね」

「君らが強すぎるんだよ」


 そんなやり取りをしながらに×3=同盟プラスワンは、マンションへと戻って行った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る