10-2 小学生探偵かよ
午後六時前。
くおん:こちらの準備は万端です。
すぐに鈴木が発言した。
彼は今、柏葉が中川組の幹部、竹本を呼び出すビルの下見に行っている。
今回の作戦は私情によるものだ。警察の手は借りられない。鈴木の助けを得られただけでもラッキーだ。
それにしても鈴木があっさりとリュウの頼みをきくとは思わなかった。
何か理由があるのだろうか。
自分だけでは答えが出ないことを考えながら、世記はチャットルームで発言した。
シキ:それじゃ、電話かけてもらうよ。
くおん:お願いします。
世記が目配せすると、柏葉はうなずいて携帯電話を操作し始める。
「うまくいくかな」
ソファの隣に座っているリュウが世記にちょっとだけ心配そうな目を向けてささやきかけてくる。
「今んとこ作戦を進めるのに問題ないっぽいな。あとは向こうが乗ってくるか、だな」
世記は同じように小さな声を返した。
斜め前の
に×3=同盟の若者達の視線を浴びながら、柏葉は大丈夫だというようにうなずいた。
「こんばんは。柏葉美奈絵です。実は例の件、うまくいきそうなのです。……はい、その件です。マンションの近くに使われていないビルがあるんですが、そちらまで運びますので」
柏葉のとても機械的な声に世記は口がにやけそうになる。
「運ぶっておれのことだよな。物あつかいだ」
必死にこらえているのにリュウがそんなことを耳打ちするものだから世記は笑いをこらえて口どころか顔が変に歪むのを自覚した。
「――徒歩ですので、さすがにそれ以上遠くには。背負っていきます。えぇ、わたし一人で」
柏葉の言葉に、相手がうまく乗ってきたのだなと理解できる。
「そちらは? 竹本さんおひとり? あまり大勢で来られると怖いのですけど」
事前に鈴木に教えられた通り、柏葉は相手の人数を絞る交渉をして、何とか二人にまで抑えることができたようだ。
「借用書、持ってきていただけますよね? そういうお約束ですので」
柏葉の声に力がこもった。今回の作戦で一番大事な条件だ。
緊張の一瞬。
彼女の顔がほころんだ。
うまくいったっぽいな。
同盟の三人も無言で顔を見合わせて笑顔になる。
「はい、では三十分後に」
柏葉が通話を切ったのを確認して「どうだった?」と三人は声をそろえた。
「うまく乗ってきました。三十分後にビルで待ち合わせです。借用書も持ってくるそうです」
「おー、やったー」
「ここからが本番だけどね」
まずは第一段階突破を喜び合う。
世記は交渉の結果を鈴木に伝えた。
くおん:ではMさんは早速出発してください。シキ君達は、こちらが返信するまでマンションで待機です。
シキ:了解!
「それじゃ柏葉さん、行ってください」
「判りました。リュウさん、参りましょう。マンションを出たところで背負います」
「うん。それじゃ、姉ちゃん、兄ちゃん、また後でな。助けに来てくれよ」
「ええ。鈴木さんの連絡があったら走って行くから」
「きちんと寝てる演技するんだぞ」
同盟の三人は作戦の成功を願いながらハイタッチをかわした。
彼らは柏葉にもてのひらを見せた。
少し驚いた顔をしたが、柏葉もにこりと笑って、彼らと手をあわせた。
二人が行ってしまうと部屋の中は静かになる。
こういう時、何を話せばいいのだろうかと世記はひそかに頭を悩ませた。
寿葉と二人の時はいつでも、勝負してほしいという懇願ばかりして、断られ続けてきた。
だが今は。
作戦を成功させるための頼もしい同志となった。
緊張に顔をこわばらせている寿葉が、りりしくてかっこいいと思う。
非常に好ましい感情を抱いているが恋心というものではない。まったく、ない。
それはきっとお互い様だろう。いや、もしかすると世記に対する寿葉の印象は、世記が寿葉に抱く印象よりも悪いかもしれない。
などということをつらつらと考えて、世記は苦笑して頭を掻いた。
「緊張するよね」
寿葉が話しかけてきた。
「うん。相手は強い極めし者らしいし。もしかしたらたくさんで来るかもしれないし」
「そこは鈴木さんがどうにかしてくれるみたいだけど」
「おっさん、極めし者じゃないのにどうするんだろうな」
「何か作戦があるような感じもしたけれど」
まぁそこはお手並み拝見ということかな、と二人は顔を見合わせて笑った。
世記達は鈴木の考えた戦いまでの手順を確認した。
柏葉はリュウを連れてビルの最上階である五階の一部屋で交渉相手の竹本達を待つ。相手は二人という約束だが、守られるとは限らない。応援が後からやってきたなら鈴木が潰すことになる。
眠ったふりをしたリュウを引き渡し、借用書をもらう。
世記達はそのタイミングで突入し、戦闘開始だ。二人の優先任務はリュウを安全な場所へ連れていくこと。柏葉が劣勢なら加勢することになる。
相手の出方次第で手順が前後したり変わったりするかもしれないが、そこは鈴木からの指示で動く。
「チャットって便利だよな」
言いながら世記が携帯電話の画面を見ると、鈴木からの発言が入った。
くおん:シキさん達も出発してください。
「二階堂さん、出るよ」
表情を引き締めた世記の声に、寿葉も真剣な面差しでうなずいた。
学校のトレーニングウェアを来た二人はマンションの部屋を出る。
雪まじりの冷たい空気がまとわりつくが、高揚感で満たされた世記は気にならない。
軽く体をほぐして、二人は走り出した。
マンションのエントランスを抜け、小高い丘の階段を駆け下り、歩道に出ると商店街へと向かう。
昔よりは年末年始も開店している店が増えたとはいえ、郊外の店はシャッターをおろし始めている。
アーケードをくぐり抜けたすぐ先にある五階建てのビルが目的地だ。
そばまで一気に走って、ビルを見上げる。白い息がほわりと空気に溶けていった。
廃ビルとなって久しいというこの建物。電気も止められているようで真っ暗だ。
だが最上階の一角はぼんやりと明るい光が窓に映っている。
暴力団が用意したのだろうか。
「あそこだね」
世記のささやきに寿葉がうなずいた。
世記は携帯電話の画面を見る。
くおん:予定通り
短い一言に、世記は「よしっ」と声を出す。
寿葉に目配せして、二人はビルの入口へと走った。
世記達は慎重に階段を駆け上がる。
ビルの中も暗いが、目指す先に光が見える。
光源は床に転がる懐中電灯だった。そばに男が倒れている。
「これ、おっさんが?」
「眠ってるみたいね」
あぁ、と世記は納得だ。鈴木得意の睡眠薬だろう。今度はきっと麻酔銃のようなものを用意したに違いない。
「小学生探偵かよ」
笑って言うと寿葉の控えめな笑い声も聞こえた。
念のため気配を探ってみる。寿葉の他には近くに人の気配はない。
「きっとこの先は大丈夫だ。一気に行こう」
提案すると寿葉も同意した。
二人は階段を数段ずつ飛ばしながら最上階を目指した。
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