12月31日 大変お世話になりました
10-1 最後に言いたかったことは何?
今夜、
当初は、借金の取り立てに変な手段を使わないと約束させる予定だったが、組の息のかかった消費者金融を利用させたりして多額の利息も手に入れているのだから残りの借金を帳消しにさせてもいいんじゃないかという世記の案に落ち着いた。
方法はいたってシンプルだ。
リュウを引き渡すことに成功すれば借金を帳消しにするという約束であったのを利用して相手を近くの廃ビルに呼び出し、借用書を破棄するのだ。
もちろんリュウは引き渡さないので結局はその幹部と戦ってねじ伏せる必要があるのだが。
リュウにもう二度と手出しはしないという念押しもしたいところだ。
かなり黒いグレーだが、相手は犯罪組織だ。資金源を一つでも多くつぶす案に鈴木も賛成してくれた。
中川組がどう出てくるかは判らない。
先日、主だった戦闘員はマンション襲撃に加わり、逮捕されている。
警察の目が自組織に向いている時に下手に動いてまた逮捕者が出ては困る、と話を蹴ることも考えられる。
が、おそらく乗ってくるだろうと鈴木は言う。
元々誘拐をたくらんでまで手に入れようとしていた極めし者の卵だ。労せずとも組織に入れられるなら失った戦力を補強どころかおつりが来るぐらいだと考えるのが自然だ。
ちなみに、竹島組も中川組も、下っ端の戦闘員に「本物」の極めし者はせいぜい一人いるかどうかだ。先日襲ってきた時に闘気を使っていたのは、一時的に闘気を操れるようになるという麻薬を服用していたからだ。
だが今夜連絡を取る男は、柏葉と同じぐらいに強い極めし者らしい。
一体三で戦えるならどうにかなると思われるので、戦いに邪魔が入らないように手配する、と鈴木が言ってくれている。
極めし者ではない鈴木がどうするのかと疑問に思うが、ここは彼を信じるしかない。
ということで、柏葉が中川組の幹部に連絡を取る夕方の六時が作戦決行時間だ。
それまでは各々好きに過ごそうということになったが、なんとなしに女子部屋に集まって皆でテレビを見ていた。
積極的に何かをする気分にもなれないが、かといって部屋に引きこもって一人でいるのも心細い。
世記はそんな気持ちだったが、もしかするとリュウや寿葉もだろうか。
今日は朝からとても寒く、ずっと雪がちらついている。トレーニングを外でやる気にもなれない、というのもあるかもしれないが。
テレビでは昨日と同じように今日も年末の特別番組が流れている。
「あ、次のコーナー、極めし者がゲストだって」
リュウが少し興奮気味にテレビのテロップを読み上げた。
極めし者であることをオープンにするとは、やはり体力や強靭さを売りにしたようなコーナーなのだろうか、と世記も興味をひかれた。
コマーシャルが終わり、極めし者だというアマチュアボクサーが登場した。
極めし者という呼び名が世間に定着しても、まだまだよく知られていない極めし者について大特集、という趣旨のコーナーだそうだ。
ボクサーの彼は極めし者が必要以上に怖がられないように、偏見の目で見られないように気を使っているのが見て取れた。
司会者やコメンテーターの芸能人達の質問に答え、できることは実際にやってみせるボクサーの真摯な態度に世記は共感を覚えた。
だからこそ、司会者達のただ茶化すだけの言動にいら立ちを覚える。
『体の強さとか実演してもらいましたが、足も速くなるんですよね』
『はい。ほんの短い間なら車並みのスピードまで出せます』
『うわ、すごい!』
『ってことは食い逃げとか余裕ですよね』
スタジオ内に笑い声が響く。
一事が万事、こんな感じで極めし者をほめたいのか貶めたいのか判らない。
ボクサーの男の人は微妙な顔で愛想笑いを浮かべながら『できるでしょうけど、そんなことしませんって』と応えている。
きっと本意でないに違いない。
「なんだかなー」
リュウがつぶやいた。
コーナーが始まる前に見せていた期待感あふれる顔とは打って変わって、つまらなさそうだ。
寿葉は何も言わないが、楽しんでいる様子ではない。
十分近くのコーナーの終わり際、アマチュアボクサーの彼が最後に一つだけ、と話し出す。
『一生懸命体を鍛えて修行して極めし者になっても、僕らも同じ人間です。社会のルールにしたがって生活してます。ですから必要以上に怖がったりしないでほしいです。――』
『でも実際近くにいたらちょっとビビるかな』
司会者のツッコミと会場の爆笑でコマーシャルになって、コーナーは終了した。
「馬鹿にしてるな」
世記は思わず強く吐き出した。
「最後、もっと何か言いたそうだったわね」
寿葉が悲しそうな顔になっている。
こういう偏見や偏向的な扱われ方をするからますます極めし者は力を隠し、よく知らない存在と怖がられるのだ。
世記は憤慨しながら携帯を手に取った。
先ほどテレビに出ていたボクサーの名前をネット検索してみる。
彼のSNSが見つかったので、開いてみた。
『出演させてもらったテレビの放送見たけど、結構カットされてるなぁ』
一番新しいつぶやきは数分前のものだ。
リアルタイムで番組を見てつぶやいたのだと思われる。
世記は思わず、やりとりが周りには見えないダイレクトメッセージを送っていた。
『はじめまして。さっきの番組見ました。俺も極めし者です。なんだか茶化されているだけみたいな感じになってましたが、最後、何か言いかけてましたよね。なんて言おうとしていたのですか?』
尋ねたが、返事はないかもしれないと思っていた。こんなメッセージにいちいち反応しないだろう、と。
しかし、五分と経たない間に返事が来た。
『シキさん、メッセージありがとうございます。俺があの番組に出たのは極めし者への偏見みたいなのを少しでもやわらげられればと思っていたのですが、年末のバラエティ特番にすべきではなかったと後悔しています。
最後にカットされたのは、極めし者であるかないかに関わらず、人と人とで助けあえる社会になればいいと思います、という一言でした。これからも別の機会を見つけて発信していきたいと思います。最後に伝えたかったことがあるのだろうと気づいていただけて嬉しかったです。ありがとうございました』
メッセージを読んで、世記はうなった。
この人の思いの数パーセントも、あの番組は汲み取っていない。ただもてはやし、茶化して、時に下げてけなしていただけだ。
多分、番組からオファーが来た時に自分の意思を伝えたに違いない。そしてきっと番組も了承したのだろう。
なのに番組が彼を裏切ったのかもしれない。面白い内容にするために。
もやもやする。こういうのをやるせないというのだろう。
何か協力できることがあるならやりたい。
だが考えなしで動くことはもうしない。
まず自分には発信力がない。
ならばどうすればいいのか。
考えて、出した答えは「物事を広く発信できる立場に立てばいい」だった。
今すぐはできない。しかし目指す地点が見えて世記は一人、うなずいた。
「兄ちゃん、どうしたのさ」
「ん、あぁ、さっきのボクサーに聞いてみたんだ。最後に言いたかったことは何? って」
世記がメッセージのことを二人に話したのをきっかけに、極めし者の扱いについて三人はあれこれと話し合った。
世記が定めた目標を、まだ彼は口にしなかった。
まずは自分で決めたことをやり遂げられるという自信を身に着けたい。
今夜、柏葉の問題を解決するのに成功できたなら、その第一歩になるかもしれない。
柏葉のため、リュウのため、そしてなにより自分のために全力を尽くそう。
世記は決意を新たにした。
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