07-2 そんなんじゃないしっ

 世記は慎重に相手の攻撃をやり過ごすことに専念した。

 正面からくる突きをかわして、横からくるナイフも――。


 世記の算段は、相手の攻撃パターンの変更であっさりと崩れる。

 殴ってきた極めし者はそのまま拳を開いて世記の襟をつかんだ。

 すかさず横からナイフが迫る。


 瞬時にパニックになった世記は無我夢中で相手の腕をつかみ返して力を入れた。

 男の悲鳴が聞こえて、我に返る。胸への圧迫が消えていた。


 男達は世記の隣に倒れている。

 世記は自分を掴んでいた男をナイフの男へ投げたのだろう。


 ナイフを持っていた男は頭を打ったのか地面に伸びて朦朧としている。彼にぶつけられた形になった極めし者の男はまだ動けるようで、すぐに立ちあがってくる。


 その間に世記は気づいた。最初に戦線を離脱した男がマンションの入口に向かっていることに。


 注目されないようにやられたふりをしたのか。


 追いかけたいが、その時にはもう目の前に極めし者が立ちふさがっている。


 ちらと隣で戦う柏葉に目を向けた。

 自分達とはレベルの違う素早い動きと、強い闘気に息を呑む。


 自力でこの男をどうにかしないといけないのだ。

 なら、やってやる。


 世記はしっかりと腰を落とした。


 一対一になったことで少しだけ気持ちに余裕が生まれてきた。

 速い拳も蹴りも、撃ち出される闘気も、しっかりと見れば対応できる。


 世記は相手にあわせて回避し、反撃する。

 二人は互角に打ち合った。

 さっきまでとは違う、これが極めし者の「戦い」だと感じた。

 自分が求めているのはこういうものなのだ、とも。


 しかし今は勝負を楽しんでいる場合ではない。


 膠着状態を脱すべく、世記は後ろに大きく跳びながら闘気の塊を撃ちだした。

 炎を模した闘気が相手の顔面へ迫る。

 敵はそれを腕でブロックした。


 世記は地に足がつくと同時に一気に前へ踏み出し、男が世記の闘気を受け止めた時にはもう拳を後ろに引いていた。


 腹に一撃を見舞うと男は息を詰まらせ、動きを止める。

 横を通り抜けざまに背中を蹴り飛ばすと、それが止めの一撃になった。


 相手が倒れ、動けないのを見て、やっと世記はほっと息をつく。


 柏葉を見ると、まだ戦いの真っ最中だ。一人は倒せたようだが、今まさに死闘のただなかといったところだ。

 自分達よりはるかに闘気の解放量が大きい二人の戦いを見続けたいが、そうも言ってられない。


「俺、マンションの方見てきます」


 聞こえたか聞こえていないかは判らないが、世記は一言いいおいてからエントランスへと向かった。


 ガラスのドアは破られていない。

 男は外か? と辺りを見たが気配はない。


 とにかく、部屋に確かめに行ってみるしかない。

 暗証番号を押してドアを開け、中へと入る。


 ホール付近には嫌な雰囲気は感じられない。

 エレベーターを見ると五階で止まっている。


「上に行っちまったのか」


 ひとりごちて、世記は階段へと走った。闘気を開放して駆け上がる方がエレベーターを待つより早い。

 二人とも無事でいてくれと願いながら、一気に五階にたどり着いた。


 階段を駆けあがって廊下に出たところで右から闘気を感じた。

 驚いて顔を向けると、寿葉の鬼気迫る顔がそばにあった。

 世記の腕をとった寿葉はそこで相手が誰かを認識したようだ。


「え、あっ」


 世記も固まったまま、二人はじっと見つめあった。


「わー、ねーちゃんとにーちゃん、ラブラブー」


 世記の後方、少し開いた部屋のドアからひょっこり顔をのぞかせたリュウがニヤニヤしている。


「そ、そんなんじゃないしっ、攻撃食らいそうになっただけだしっ」


 世記は慌てて言い返し、寿葉は顔を赤らめてうつむいてしまった。


「てれてるー」

「うるさいぞ。それより、男が一人上がってこなかったか?」


 世記が尋ねると、リュウはニヤニヤを引っ込めてうなずいた。


「外から男が一人来る、とマンションの諜報員さんから連絡をもらったのです」


 寿葉が説明してくれた。


 電話で知らせを受けた寿葉は、部屋を出てエレベーターを抜け、反対側まで移動して男を待った。エレベーターを降りた男が自分を真っ先に見つければ、自分達の部屋の位置を知られずに済むかも、と思ったのだ。

 だが男はエレベータを降りるとすぐに左に体を向けた。

 それはつまり、リュウがいる部屋がどこか判っているということだ。


 寿葉は驚きつつも、無防備に背中を見せた侵入者を後ろから攻撃して、楽に無力化できたそうだ。


「で、その男は?」

「諜報員さんが別の部屋で拘束してます」


 捕まえた男に話聞けないかな、と世記が言おうとした時、エレベーターが動く音がしてそちらを見る。

 一階に降りたエレベーターが、上がってくる。

 世記の隣で寿葉も緊張した顔でエレベーターを見つめていた。


 降りてきたのが柏葉だと見て取ると、寿葉はほっと息をついた。世記もへらっと笑みを浮かべた。


「丹生さんが倒した男は諜報員が拘束しましたが、わたしが相手にしていた人には逃げられてしまいました」


 すみませんと柏葉が頭を下げる。


「ミナエ姉さんが無事でよかったよ」


 リュウの明るい声に、世記達もうなずく。


 男達への聞き取りは諜報員に任せることにして、世記達は部屋に戻って休むことにした。


 柏葉の淹れてくれたコーヒーを飲んで、甘いクッキーをつまんで、世記はやっと人心地着いた気分になる。


「はぁー、疲れた体に甘みが染みる」


 思わずこぼれた一言に寿葉がくすりと笑い、リュウは声をあげて大笑いだ。


「にーちゃん、年よりみたいだぞ」

「お酒を飲んだおじさんみたいですね」


 似たような感想を告げられて世記も笑った。


「同級生とかに言えないけどさ、俺、甘いもの好きなんだよ」


 スイーツ好きだと知られたら「女子かよ」とからかわれると世記が言うと、リュウは不思議そうに「ふーん?」と首を傾げた。


「おまえももうちょっと大きくなったら判るよきっと」

「あまいもの好きに何か言われることはないけど、年上なら、年下ならってのはよく言われるぞ」


 年上の言うことは聞きなさい。年下には優しくしなさい。などなど。

 施設の職員や、年上の施設の子達に言われるそうだ。

 集団生活ならではだなと世記はうなずいた。


「序列を守るのはある程度必要だとしても、男の子だから、女の子だからというのをあまり強要されたくないですよね」


 寿葉の意見に世記は大きくうなずいた。


「そーなんだよ。男だから甘いもの好きが変とか、ほっとけっての」

「わたしも、製菓会社の社長の娘だからスナック好きだろうって決めつけられるの嫌なので、高校では親の仕事のことを話していないのです」


 あぁ……、と世記は同情のため息をついた。


「ねーちゃん、ニカイドーのおかしきらい?」

「嫌いじゃないけど、たまに食べるくらいがいいのよ。食べ続けてると飽きちゃう」

「あっ、わかるっ。毎日食べてるとあきるよな」

「……今のは社長には内緒にしておきますね」


 柏葉まで話に加わって、部屋に笑い声が上がった。


 そこへ、インターホンが鳴った。

 モニターに映った鈴木の姿に柏葉が顔をこわばらせる。

 いつもへらへらしている鈴木だが、モニターに映る彼は笑っていない。


 何かよくない報せなのかな。

 世記も心配になって笑みを引っ込めた。

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