07-3 だったら、迎え撃とう

 鈴木が部屋にやってきて、現状報告をしてくれた。


 襲ってきたのはやはり「竹島組」の連中だ。闘気を使っていた男達は極めし者ではなく、違法の薬を使用したのだそうだ。

 マンションに侵入した一人は、以前柏葉の後について入った男から入口の暗証番号を聞いていたそうだ。

 さらに、寿葉が感じたとおり、リュウ達の部屋がどこか知っていた。

 事前に下調べをきっちりとしていたようだ。


「竹島組に関しては、表立って攻撃を加えてきたことで警察が捜査をしやすくなりました」


 竹島組はもう脅威ではなくなったと鈴木は言う。恐らくもう直接仕掛けては来れないだろう、と。


「だったらなんでそんな浮かない顔をしてんだよ。いい事じゃないか」


 いつもみたいにヘラヘラしていられない何かがあるのだろうか。世記は心配を顔に出さないように尋ねた。


「竹島組自体は規模の小さな組織です。しかし後ろ盾になっている大組織が今回の騒動を知ってしまったようです」


 その大組織というのは、指定暴力団「中川組」という。


「ニュースとかで時々出てくる暴力団だな」

「はい。大阪を根城にしている大きな組織です」

「今度はそいつらがリュウをさらいに来るのか?」

「恐らく、すぐに行動を起こしてくると思われます」


 部屋の中に緊張が走った。


「すぐってどれぐらい?」

「今日の昼間はもう来ないでしょう。竹島組が暴れた後ですから。しかし――」


 鈴木の見込みでは早ければ今夜遅く、遅くても明日に集団で襲撃を企ててくる恐れがある。


「少々の逮捕者が出てもリュウ君をさらって隠してしまえばいい、ぐらいに考えていると思います。なので強引な手段で来るでしょう」


 指定暴力団の襲撃から身を守れるのか?

 世記はごくりと唾をのむ。

 皆の顔を見てみると、寿葉は何かを考えている様子、リュウは少し怖がっているようにも見える。柏葉は――予想外にも動揺を隠せていない。


「あなた達の選択肢は大きく分けて二つあります」

 鈴木が言う。

「一つは、騒動が落ち着くまで我々の保護下で隠れていること。もう一つは今日と同じように、あえてここで事を構えて警察に介入させることです」


「あなたは、どちらがいいと思うのですか?」


 柏葉が遠慮がちに尋ねる。今まで鈴木に声をかける時はとげとげしかった彼女が、今はしおらしく見える。


「正直申し上げて、私はどちらでもいいのです。なんにしても中川組には一泡吹かせるつもりですので。あなた方がどちらを選ぼうと全力で事に当たります」


「かくれることになったら、どれぐらい?」

 この質問はリュウだ。


「判りません。裏側での地道な腹の探り合いや交渉になるので、年内かもしれませんし、年を越して、もしかすると冬休みを超えてしまうかもしれません」


 鈴木の答えにリュウは「それは、ちょっとイヤだな」とつぶやいた。

 ん? と世記はここで疑問にぶち当たる。


「隠れるのって、もしかして俺や二階堂さんも?」

「隠れた方が無難ですが、どうしてもそれは嫌だということでしたら家に帰っていただいて結構です。ただし、もし暴力団が襲ってきた際に十分なフォローはできないと思ってください」


 そうなるよなぁ、と世記はため息をついた。

 自然と、同盟の三人は顔を見合わせた。


「おれがねらわれてるのに、おれができることってないのがくやしい。極めし者だったら自分で解決するのに」


 リュウは心底悔しそうだ。


「リュウくんは、どうしたいの? 隠れてる? ここにいる?」

 寿葉が優しく、リュウの本心を促した。

「……ここにいたい。けど――」


 リュウは、ぐっと何かをこらえているような顔で言葉を切った。

 自覚しているのだ。自分のせいで周りに迷惑をかけているのだと。だから「協力してほしい、守ってほしい」と言えないのだと。


 暴力団を相手にするのは怖い。戦ってみて改めて、身をもって恐怖を味わった。

 リュウをそんな怖いヤツらの仲間にしてはいけない。早く解決してやりたい。

 それは彼を弟の俊記しゅんきと重ねてみてしまうことが大きいからだ。

 だが、決してそれだけではない。この一週間近くの同居生活で、世記の中でリュウ個人に対する庇護欲が高まっていた。


 後押ししたいと世記は思った。


「だったら、迎え撃とう」

 世記は笑顔で言い切った。


「丹生くんからそう言うとは思いませんでした」


 笑みを浮かべた寿葉に世記は照れ笑いだ。


「だってさ、いつまでかかるか判んないのを待ち続けるのって嫌だろ? それに俺ら、同盟だろ?」

「そうですね。悪いヤツらをやっつける『に×3=同盟』です」


 寿葉と顔を見合わせてうなずいた。


「いいの? 大きなボーリョクダン相手だろ?」

 リュウは喜んでいいのか判らないという顔だ。


「さっさと片付けて冬休み楽しみたいしなー。鈴木のおっさんも全面協力なんだろ? なんとかなるから俺らに選択させたんだろ?」


 鈴木は「もちろんです」とうなずいた。


「迎え撃つ選択をなさるなら、襲撃が明らかになればすぐに警察に乗り込んでもらうよう手配しましょう。とてもうまくいけばあなた達は戦わずにことが収まるかもしれません」

「それじゃ決まり、でいいよな?」


 世記は鈴木、寿葉、リュウ、最後に柏葉を見た。

 皆がしっかりとうなずいた。

 心が一つになったと、世記は感じた。




 数時間かけて具体的な作戦を練り、準備をした後、世記達は部屋に戻った。

 すごく疲れたが、なんだか達成感のようなものも覚える。


 今夜か明日、暴力団との争いに片が付けばこの軟禁生活から解放される。

 そう考えると、まだ終わったわけでもないのに嬉しさも込み上げてくる。


 自然と笑みが浮かぶ世記は、ふと、机の上に見慣れない紙が置いてあるのに気づく。


 URLらしき英字の下に「kuon's room」と書いてある。隣の英数字の羅列はパスワードだろうか。


 くおんの部屋? くおんってどっかで聞いたような……。

 考えて、鈴木がゲームのアバターにつけた名前だと思い出す。


 変なサイトじゃないだろうなと訝しみながら、携帯電話でアクセスしてみる。


 ロードを終えて画面に出てきたのは、携帯電話に対応したチャットルームだった。



 kuon's room


くおん:よく気づいたね。伝えたいことがあるから入ってきて。



 パスワードを潜り抜けた部屋の中で、鈴木くおんが待ち構えていた。

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