悪漢集う
12月28日 運動不足解消
07-1 勉強させていただきます
午前中はのんびりとしていた。
鈴木は
「おっちゃん、いそがしそうだよなぁ。悪人をいっぱいやっつけてんのかな」
「やっつけるってより、暴き出してるんだろ。スパイだから」
「あー、頭いいかもだけど、あんま強そうに見えないもんな」
声に出さなくとも世記がそう考えているのはリュウにも伝わったらしく、二人は顔を見合わせてぷっと笑う。
「随分と仲良くなったのですね」
寿葉が世記達を見て微笑んでいる。
「まぁ、何日もずっと一緒にいればある程度は、な」
「としき兄ちゃん、ゲームうまいしなー」
寿葉が二人の返答を聞いてますます表情を緩める。
こういうのを母性本能のある顔っていうのかなと世記は感じた。
「でもおれが一番好きなのは、ことは姉ちゃんだからなっ」
にぃっと笑うリュウに、もはや寿葉の笑顔はとろけまくりだ。
しかし和やかな雰囲気は、午前の勉強タイムが終盤に差し掛かった時に唐突に終わりを迎えた。
柏葉の携帯電話が鳴った。勉強をしている世記達をちらりと見た後、電話に出た。
着信音に反応して世記達も柏葉を見ていて、彼女が真剣に受け答えをするさまに、顔を見合わせる。
「おっちゃんかな」
「なんか真剣そうだけど」
「悪い知らせでないといいのですが」
同盟のささやき声が終わる頃に柏葉が眉根を寄せて三人を見た。
「竹島組がこちらへ向かっているそうです」
ついに来てしまった!
世記はごくりと唾をのむ。
相手は五人ほどで、本来なら極めし者ではないので柏葉一人でも対応できるだろう、と鈴木は言っていたそうだ。
「ミナエねーさん、極めし者なのかっ?」
リュウが少々大げさに驚いてみせた。
わざとらしすぎないか? と思いつつも、世記もちょっと驚き顔になってみた。
「はい」
「わたしは先生に闘気の扱い方を習ったのです」
柏葉がうなずき、寿葉が補足した。
「そっか。柏葉さんが人に教えられるぐらい強いんなら大丈夫だな」
世記の言葉に、しかし柏葉は難しい顔だ。
「ひとつ懸念されるのは、相手が一時的に闘気を扱えるようになる薬を使ってくるかもしれないということです」
「えっ、なにそれ、そんなのがあるのか?」
「そんな薬があるならわざわざ極めし者になるかならないかなヤツをさらわなくてもいいじゃないか」
「薬は麻薬のようなもので体に結構な負担をかけるので、やはり本物の極めし者の方がいいのです」
リュウと世記の疑問に柏葉が答えてくれた。
「で、どんな作戦にする?」
リュウは目を輝かせている。悪人をやっつける同盟と「に×3=同盟」を名乗っている彼は、暴力団達がコテンパンにされるさまを見たいのだろう。
「どんな作戦にしてもおまえは部屋でおとなしくしておくんだぞ」
「えー」
「えー、じゃない。最初の日のことを忘れたのか?」
やまとのいえの前で極めし者の戦いをワクワクしながら観戦していたリュウに、チンピラが突然襲いかかったのだった。
「そうですよ。狙われているのはリュウくんなのですから、わたし達だけで何とかします」
寿葉も大きくうなずいている。
「わかったよー」
リュウはしょんぼり顔だ。
「基本的には、わたしが外で襲撃者を阻止します」
柏葉が言う。
「一人で大丈夫なんですか?」
世記が問うと、柏葉は少し考えるようなしぐさをしてから「それでは丹生さんもついてきてください」と言った。
(ここで二階堂さんじゃなくこっちを選ぶところが、お嬢さんを危険に巻き込みたくないっていう身内可愛さなのかな)
そう予想すると、仕事優先っぽいイメージの柏葉も結構人間臭いなと世記は微笑した。
「りょーかい。柏葉先生の戦い、勉強させていただきます」
強い極めし者だと言われている柏葉の動きに興味があるのもまた事実だ。間近で見られるなら儲けものだ。
手早く昼食を済ませて迎撃態勢を整える。
といっても、柏葉と世記がマンションのエントランスを守るように敵を待ち構えるだけなのだが。
しばらくして、派手な柄のシャツとスラックスの若い男を筆頭に、五人の強面が現れた。
堂々と歩いてくる彼らに世記は首を傾げた。
「なんか、こっちが備えてるのも判ってるみたいな感じですね」
「向こうにも向こうの情報網があるのでしょう」
世記の言葉に柏葉が返してくる。
自分達に鈴木が情報を与えてくるように、暴力団特有のコネがあるということか、と納得した。
「現代の争いって情報戦ってホントなんですね」
「そうですね」
「でも結局、直接戦って勝ち負け決めちゃうところは、変わんないのかな」
男達を見据えて世記は呼吸を整える。
正直言って、怖い。
けれどここで引いたら、マンションの中の寿葉やリュウに危害が及ぶ。
(腹くくれ、俺。今回はあんまり手加減考えなくていいって鈴木のおっさんが言ってたらしい。それってつまり――)
世記の思考を遮り、男達が走り出した。
五人は散開して、世記に三人、柏葉に二人が向かってきた。
世記の正面に弱い闘気をまとわせた男が跳びこんでくる。左右の男からは闘気を感じないのが幸いだ。
極めし者の素早い突き、蹴りをなんとかいなしつつ、横からも加えられる攻撃に対処する。
こういう時は手数を減らすに限る。
一人は世記の蹴りを腹に受けてあっさりと戦線を離脱した。
闘気を持たない男がナイフを出してきた。
今日はラッキーとは思えない。相手が戦いに慣れていると感じるのだ。そんな奴が武器を出してきたのは驚異だ。
そちらに警戒しつつ、極めし者の攻撃をかわすのは、世記にとってかなり難度が高い。
時間を稼げばレベルの高い柏葉が二人をやっつけて加勢に来てくれないかと見積もっていた。
が、柏葉に向かった一人の闘気が大きいことを肌で感じて応援はあきらめた。
予想していたよりも敵の動きが速い。避けたり防ぐことは可能だが反撃に転じることができない。
早く何とかしないと。
せめて一対一に持っていければ。
しかし動きがいつもより鈍いのを世記は自覚して焦れる。
極めし者が引くと、すかさず横からナイフを持った男が武器を突き出してくる。
去年の夏に不良達を相手にした時、ナイフで切られた痛みを思い出して、体がすくむ。
いくら頑強でも、痛いのは嫌だ。
無意識に体が委縮しているのだ。
とにかく、攻撃にあたりさえしなければ反撃のチャンスがいつか来るだろう。
希望的観測を心の支えに世記は耐え続けた。
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