05-3 ただの暴力は通用しないっす
だがそううまくはいかなかった。
「強ぇバケモノをやっつけたら、俺らに逆らおうってヤツは少なくなるな」
リーダーが言う。
極めし者を倒すことで自分達のグループに箔がつくと考えたようだ。
リーダーの話に乗ったのは一人、後の二人は怖気づいている。そのうちの一人は腰ぎんちゃくくんだ。
彼と直接やりあうことにならずに済みそうなのはよかった。
「ちっ、腰抜けが。――やるぞ」
活気づいた、というより殺気立った不良二人が殴りかかってくる。
ここで逃げてしまっては、きっと「極めし者を撃退した」とますます調子に乗るだろう。
かといって完全にノックアウトしてしまっては自分が法的にまずい。最悪、傷害罪で少年院行きだ。
ものの二分と経たない間に、明らかに不良達の動きが鈍ってくる。顔には焦りの色がありありと浮かんでいた。
有効打を浴びせられないという状況は、戦う者にとって実際の時間経過より大きな疲労感を与える。
こいつら、今まで暴力で好き勝手出来ていたんだろうな、と世記は思った。
「無駄だよ。ずっと鍛えて手に入れたこの力に、ただの暴力は通用しないっす。悪いことはあきらめた方がいいっす」
「だぁから、っすっすウゼェ、んだよっ」
息が上がっているがリーダーはまだ闘志をむき出しにしている。そして相変わらず口調に対していちゃもんをつけている。
世記も性格ではないキャラを演じていて少しイラっとするぐらいだ。彼らにとってはもっと腹立たしのだろう。
世記は一旦不良達から少し距離を取って構えを解いた。
「さっきの様子からして、あんた達、あの子にお金たかるの、これが初めてじゃないっすね。もうやめてやったら?」
「おまえには関係ねぇだろっ」
「そうっすね。でもこうして関わってしまったし」
なんとか話し合いで男の子から手を引いてもらうよう、世記は言葉を選びつつ説得を試みた。
だが、不良のリーダーから返ってきたのは敵対の意思だった。
「正義厨かよ。おまえみたいなのが一番ムカつくんだよ」
明らかに今までの雰囲気と異なる彼に、世記はまずいなと思った。
直感通り、リーダーはポケットから折り畳みナイフを取り出して刃を立てた。子分もリーダーに倣う。
「いくらバケモノったって、刃が刺さらないわけじゃないよな!」
リーダーが
実質、パンチのリーチが伸びただけ、というわけではない。彼の言うように刃を突き立てられては無傷ではいられない。刺さる箇所が悪ければ死に直結する。ガードすればちょっと痛いだけの拳とは大違いだ。
殺されるかもしれない恐怖が、初めて世記の中で膨れ上がった。
極めし者らしい戦いができればまだ世記に分があるが、勢いづいた武器持ちの不良達と、怖気づいた徒手の世記では動きが違いすぎた。
ついに子分のナイフの切っ先が世記の腕を切りつけた。
指先をちょっと切るのとは大違いだ。今まで味わったことのないような痛みと、腕を流れ落ちてくる血に世記は歯を食いしばる。
「降参するなら今のうちだぞ」
リーダーがナイフを世記の胸の前で構えながらニヤついた。彼の横で子分もヘラヘラと笑っている。
こいつら、人を傷つけてもなんとも思ってないのか。
もし俺が死んでも、そうやって笑ってられるのか。
世記の頭が、かっと熱くなった。
降参なんかしないと、ぐっとにらみ返すとリーダーはふんと息をついてナイフを構えなおした。
こんなヤツらに手加減なんか、いらない。
世記は強く拳を握って構え、相手の腕をかいくぐって腹に突きを食らわせた。
声にならない声を残し、目の前の男は二メートルは吹っ飛んだ。
「君ら、そこで何をしてる!」
唐突に、大人の男の声が世記達の行動を制した。
不良達との関わりのきっかけを話し終えて世記は軽く息を漏らした。
「来たのは警官だったんだ。誰かが通報したんだろうな。不良達も俺も交番に連れていかれて事情を聞かれたから、俺は起こったことをそのまま伝えた。警察からすっごい怒られたけど、逮捕とか補導とかはされなかった。空手の師匠からは『自分の行いが正しかったのか、しっかり考えてみろ』とだけ言われた」
「考えてみたのですか?」
「人助けのために力を使ったことは、間違ってるとは思わない。けれど感情に流されてしまったのは、いけなかったと思う。鈴木のおっさんが昨日言ってたのと同じだな。動くならきちんと責任を持たないといけなかった。……俺、結局去年から成長してないってことだな」
最後は自嘲気味に笑みを漏らした。
「タクミくんという男の子と不良達は、どうなったのですか? タクミくんのお兄さんは?」
事件の後、結果的に腰ぎんちゃくくんが不良の仲間だったことが親達にバレてしまったことで
「十月に絡んできてたのが、その不良グループだったんだよ。偶然修学旅行で来てたみたいだな。リーダーは相変わらずだったけど、腰ぎんちゃくはいなかった」
なので、弟に電話をかけてそれとなく尋ねてみた。
腰ぎんちゃくは、あの事件の後から少しずつタクミと話すようになり、素行も少しずつ良くなって、去年の冬にはグループを抜けたそうだ。俊記とタクミも仲直りしているらしい。
答えを聞いた寿葉が、嬉しそうに笑った。
「だったら、
自分でもそう思っていた。しかしただの自己満足だろうと思うところもあった。
今、寿葉に認められたことで、ようやく「間違っていなかった」「意味はあった」と心から思える気がした。
「だったらいいんだけど。その出来事が中学校にもバレて、高校はちょっと離れたところに行った方がいいかも、って言われたんだ。多分志望校とか周辺の高校にも問題起こした生徒って伝わったんだろうな。厄介者はいらないってことだろ」
カツアゲの被害者を助けた功労者として褒められてもいいはずなのに、おそらく「極めし者」であることが功績よりも恐怖を強調したのだろう。
寿葉が眉根を寄せた。
理不尽な対応に憤ってくれている同士がいると思うと、世記はなんだか嬉しかった。
「それで、奈良に来たのですか」
「うん。親が、いっそ遠く離れたところの方がいいんじゃないかって、こっちの高校を受けることになったんだ。ちょうど親戚がこっちにいるから、って」
親戚は世記の叔父で、アパートから車で十分ほどの距離に住んでいる。下宿する案もあったが、同じ年ごろの娘、世記にとっての従妹がいるので同居は遠慮してほしいということになった。その代わり、時々叔母さんがご飯を持って来てくれて、掃除や洗濯などもしてもらえている。
「大変だったんですね」
「うん。けど、こっちに来てよかったよ。またいつあいつらと鉢合わせするかって心配もなかったから。……会っちゃったけどさ」
世記が大げさに肩をすくめると寿葉も微笑を浮かべた。
「さっき、極めし者として目指すところはどこですかって聞かれて応えられなかったけど、困っている人がいて、この力を使って助けられるなら、やっぱ、助ける方向で使いたいな、とは思ってる」
世記がそう締めくくると、寿葉は今までに見たことがないほどに嬉しそうな笑みを浮かべた。
自分の考えを肯定してくれた気がして、世記は温かいものを感じる。
が。
びゅうっとひときわ大きな音を立てて風が吹き抜けた。
うひゃぃ! と情けない声をあげて世記は体を縮こませる。
心が温まっても物理的な寒さはしのげなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます