05-2 走ってただけっす
きっと「作戦通り」とか思ってるな、と、少しだけ速足になった弟の横顔を見やって世記はため息一つ。
結局弟を放っておくなんてできないんだと思うし、俊記にもそう思われているだろう。
事実、行動を起こすのを渋ったのも弟を巻き込みたくないというのもあった。
動いてしまったからには、なんとか穏便かつ最善、そこまでいかなくともよい結果にたどり着かないとと世記はまず「腰ぎんちゃく」くんにどう接するか、あれこれ考え始めた。
しかし思考がまとまらないうちにタクミの家の近くに到着してしまい、さらにはゆっくりと考え事ができる事態ではなくなっていた。
目的の家らしき玄関の前に四人の男がたむろしている。どう見ても品行方正には見えない十代の男達だ。
中学校にいた時よりさらに悪人度があがっているあの先輩達だった。
すぐに、家から小学生の男の子が出てくる。
あれが俊記の友人らしいことは、弟の驚愕の表情で理解できた。
「あっ、――!」
俊記が友達を呼ぼうとするのを世記はとっさに口をふさいで止めた。
幸いにも向こうには聞こえなかったようで、不良どもは小学生を囲んで家の裏に移動していく。
彼らの姿が見えなくなってから世記は手を離した。
「兄ちゃん!」
俊記が抗議するが世記はかぶりを振って制する。
「様子見てくる。おまえは絶対こっち来んな。つながりバレたらこっちがタゲられる。家へ帰れ」
強い口調で言うと俊記はおとなしくうなずいてくれた。
世記はうなずき返して、家の裏手へと向かった。
「さっさと親戚からもらった金を出せよ」
近づくと聞こえてくるのは不良のリーダーらしき声。
「出すけど、お兄ちゃん、もうこういうこと、しないでよ。これで最後にしてよ」
小学生の子供の声は震えているが決意が感じられた。
自分で兄を説得しようとしているのだろう。
世記はランニングをしているふうを装って現場へと走り込んだ。不良達がたむろしているのを知らなかったかのようにぎょっとしてみる。
そこはもう、絵にかいたようなカツアゲ現場だった。肩をいからせた高校生四人が小学生を取り囲んでいる。
俊記の友人の男の子、タクミは小さく震えながらも兄と思われる一人の顔を涙目で見上げていた。
不良の一人が走り込んできて止まった世記を見た。
「なんだよおまえ」
凄みをきかせて睨んでくる。
「いや、えっと、走ってただけっす」
キャラ付けのために口調や声音を替えているのがばれないかと緊張で胸がドキドキするがちょうどよかった。軽く震える声は本当に長い間走ってきたかのように聞こえたことだろう。
世記の様子に調子づいた不良達は新たなカモの登場とばかりにニヤついた。
「ここを通ったのも何かの縁かもなぁ。兄ちゃん、金かしてくれよ」
初対面に金を貸せ=金を出せというのは間違いなく悪縁だろうと苦笑しつつ世記はかぶりを振る。
「ランニングの最中だし、持ってないっすよ。それより――」
世記は小学生を見やった。
「さすがにその子から借りるのはちょっとマズいんじゃないっすか?」
不良達は面白くなさそうな顔をした。
「なんだよ。金持ってないならさっさと行っちまえ」
「けど、その子」
「このチビはいいんだよ」
「いいって、何が?」
世記の指摘に不良高校生のリーダーは舌打ちをした。
「チビはコイツの弟なんだよ。な?」
リーダーに言われて不良の中の一人がうなずいた。
こいつが「腰ぎんちゃく」のようだ。ぱっと見た感じ、弟とはあまり似ていない。真面目そうな小学生と不良の仲間の高校生という立場の違いも雰囲気をより違うものにしている。
「このチビ、お兄ちゃんが大好きで一緒に遊びたいっていうから遊んでやろうとしてただけだ。なぁ、チビ?」
作り笑顔のリーダーが腰を少しかがめて男の子と目を合わせる。その目が「余計なことを言うなよ」と脅しつけているのは横目で見ても明らかだった。
ここでこの子がうなずいたら助けにくいな。
世記は黙って男の子の反応を待った。
男の子は軽くうつむいていたが、ぐっと顔をあげて兄を見た。
「うん、ぼく、お兄ちゃん大好き」
さすがに小学生がこんな怖い高校生達に囲まれたら言いたいことも言えないかと納得しつつ、さてどうしようかなと世記は困り顔になった。
不良達はしてやったりというように軽く笑い声をあげた。
だが。
「だから、この人達の仲間でいるの、やめてよ。前のお兄ちゃんに、もどってよ」
必死に訴える声が続いた。
「ぼく、もうお兄ちゃんに悪い事してほしくない。前みたいに、いっしょにゲームとかして仲良くしたい」
小学生の精一杯の勇気に不良達は色めき立つ。
兄貴はというと、何も言えずにじっと弟を見ている。
少なくとも笑い飛ばしてけなしたりしなかったことに、世記は少しほっとした。
こいつも弟のことを本気で毛嫌いしているわけではないんだなと感じた。
「一緒にゲームか、よし、ゲーム買ってきてやるから金貸せよ」
リーダーが怒りから開き直ったのか、もう取り繕うことなく少年につかみかかった。
タクミ少年はびくっと体を震わせたが、不良の手が獲物に触れることはなかった。
世記が二人の間に割って入ったので、手は世記の胸に当たった。
「あ? 邪魔すんなよ」
「小学生からカツアゲはよくないっすよ」
「だったらおまえが出せよ」
「だから、ランニング中で、ないっす」
「くっそ、『っすっす』ウゼェ!」
リーダーは眉を吊り上げて殴りかかってきた。
拳をひょいとよけながら、「ほら、逃げるっすよ」とタクミに声をかける。
呆然としていた彼は正気に返ったかのように家の表へと走り出した。
不良達は頭に血をのぼらせて、わめきながら世記に殴りかかってきた。
世記は闘気をかすかに解放させて、やすやすと彼らの手脚をかいくぐる。
「こいつ、ちょろちょろしやがって!」
さらに激昂した不良がつかみかかってくる。
一度として世記を傷つけることができない男達の怒りの表情に世記は高揚感を覚えた。
最初は純粋に男の子を助けるためのはずが、世記は不良どもをやり込めたいと思い始めていた。
極めし者の力ってすげぇな!
この力があればいける。こいつらを降参させてもう悪いことはしないと誓わせればいい。
力を持つことの意味をよく考えろという師匠の言葉も、俊記の言う通り、この力は困ってる人を助けてこそだと置き換えられた。
世記は完全に気が大きくなっていた。
その傲慢が生んだ隙をつかれ、後ろから腕を取られた。
しまった!
咄嗟に、強く息を吸い、吐く。
体の周りに闘気が具現化した。体の近くは白く、立ち昇るオーラは赤い。
世記が腕を振り払うまでもなく、不良達はおののいて一歩引いた。
「なんだそれ」
「おまえ、なんで光ってんだよ」
恐れと好奇心が混じったような目を向けられ、世記ははっとなった。力は隠したまま不良達をおとなしくさせる予定だったが非極めし者にも見えるほどに闘気を強く放ってしまった。
「……極めし者か……!」
誰かが小さく叫んだ。
「すっげぇ
いかにもな説明だが、それで不良達が引いてくれるならと世記は期待した。
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