02-3 それでいいのか?

 世記としきはリュウの姿を思い出す。


 西田リュウという日本人な名前なのに、あの柔らかく輝く金髪は西欧人のそれだった。リュウと言われれば? と問われると間違いなく金髪少年と応えるだろう。

 そういえば目鼻立ちもわりとくっきりはっきりとしていた。

 もしかするとハーフなのだろうか。


 それ以外で覚えているのは、極めし者の戦いを見ていたいと目を輝かせていた普通の無邪気な少年だった、ということぐらいか。


「ん? でも……」


 リュウは世記が闘気を開放すると驚いていた。初めて闘気を見た者の反応だ。


「あの子は極めし者を見たことはなさそうだったけど」

「そうですね。まだ自身の力も判っていないようですし。しかし片鱗はうかがえたのではないですか?」


 言われて、昨日のことを思い出す。

 寿葉ことはが子供達とチンピラの間に割って入った。チンピラが寿葉の肩に手を置き、彼女は相手をいとも簡単に地面に転がした。

 その時、寿葉はわずかだが闘気を解放していた。闘気が具現化するほどではないが動きは極めし者そのものだった。だからチンピラやもう一人の小学生には何が起こったか判っていなかった。


 だが。


『ことは姉ちゃんがチンピラの手をつかんでおし下げただけで、すっころばせたんだぞっ』


 リュウには見えていた。


「リュウ君は今まさに闘気の扱いを会得し極めし者になろうとしている段階です。あの年で、誰に習ったわけでもないのに、ですよ」


 それがどれほどのことか判りますか、と鈴木は言う。


 極めし者を目指しても闘気を扱えずに断念する者もいると聞いたことがある。世記が闘気を会得するのに師事した空手道場の師匠が話していた。


『誰もがなれるわけではない異能者、極めし者になるということがどういうことか、常に心にとめておけ』


 ことあるごとにいつも師匠はそう締めくくった。

 力を悪いことに使うなという念押しとしか受け取っていなかったが、何か他に意味があるのだろうか。

 いや、今はそれよりも話の続きだと世記は鈴木の横顔を見る。


「リュウがすごいのは判った。けどそれが俺に関係あるのか? なんで俺はあんたに連れてかれてるんだよ」

「あなた達にはリュウ君の護衛をしてもらいます」


 ……はぁ?

 あまりにも予想外の答えに世記の思考は固まった。


「なんで……、ってか、達って他に誰かいるのか?」

「口で説明するよりもうすぐ到着ですので会っていただいた方が話は早いでしょう」


 言われて世記は窓の外に意識を向ける。

 いつの間にか、高層マンションが立ち並ぶ一角にやってきていた。

 周りのマンション群に比べると少し低い一棟の駐車場に車が滑り込んでいった。


「さぁ、参りましょう。話の続きは部屋でいたします」


 鈴木は、世記がついてくるのが当然という態度で車を降りてエントランスに向かう。


 逃げてやろうか。

 車を降りながら世記の頭にちらりと浮かぶ逃亡案。


「逃げてもいいですが、ご家族ががっかりされますよ」


 鈴木が振り返って、遠隔操作で車のドアをロックしながら笑う。

 落ち着きかけた世記の頭がまた混乱した。


「家族って――」

「中で説明します」


 この場でこれ以上質問を受け付けない意思を強く込めた声に、世記は大きくため息をついてから鈴木の後を追いかけた。

 悔しいがイニシアチブは完全に鈴木が掌握している。

 ニブちんの丹生にぶとからかわれることのある世記だが、それぐらいは察することができていた。




 十階建てマンションであることはエレベータのボタンを見て把握した。

 外観も、オートロックのエントランスも、今乗り込んでいるエレベータも、新しくもなく古くもなくという印象だ。


 エレベータは五階で止まり、ガラス窓のはめ込まれた扉が開く。

 鈴木はきびきびと廊下に出て左に折れ、迷いなく進む。世記は辺りを見回しながらついて行った。


 廊下の外は見晴らしがよかった。このあたりは高台で、マンション群はどうやら反対側らしく、大阪の街が思っていたより遠く小さく感じる。


 一つの部屋の前で立ち止まり、鈴木はためらいもなく鍵を開けた。

 部屋の中から慌ただしい足音が聞こえてきた。


「あ、兄ちゃん、おーっす」


 リュウだ。相変わらず美味しそうな色の金髪だと世記は思った。


「おーっす。元気そうだな」


 挨拶をして部屋の中へと入る。

 一緒にリュウを守るのは誰だろうか。諜報員なのかなと予想しつつリビングに到着すると。


「こんにちは」


 柔らかそうなソファに座っている同級生、二階堂にかいどう寿葉ことはが、ことりとお辞儀をした。


「二階堂さん? ってことは……」

 世記は鈴木を見た。


 鈴木はもともと微笑していたのを、これまでかといわんばかりにさわやかな満面の笑みへと替えて、うなずいた。


「リュウ君の護衛は、二階堂さんと丹生くんにお任せいたします」


 実際には寿葉の教育係という女性と、別の部屋には諜報員も数名いるので二人だけでということはないのだが、と鈴木が付け足したが、呆然とする世記には聞こえていなかった。


「丹生くん、驚きすぎ」

「兄ちゃん、うれしすぎるんじゃないか? ことは姉ちゃんといっしょにいられるから」


 呆れる寿葉とニヤついているリュウに、世記は我に返った。


「いや、そんなんじゃないし。てか君らそれでいいのか?」


 ふるふると世記がかぶりを振ると。二人は顔を見合わせてからまた世記を見た。


「親しくしている子が困っているなら助けたいと思います」

「おれは楽しそうだからいいぞ。おとまり会みたいだし」


 使命感に燃えている様子の寿葉と、お気楽なリュウだった。


「この部屋を丹生君とリュウ君、二階堂さん達はお隣の部屋を使っていただきます。さすがに高校生の男女が同じ部屋で同居というのはマズいでしょう?」

「おれ、ことは姉ちゃんの部屋にもとまっていい?」

「いいですよ。むしろその方がいいかもしれませんね」

「やったー、姉ちゃんとおとまりー」


 どーだうらやましいだろ、と言わんばかりに鼻を膨らませて胸を張りニヤリと笑うリュウに世記は半端な笑みを返した。

 ふと鈴木を見ると、意外にも彼は穏やかに笑ってリュウを見下ろしていた。今まで見たことのない表情だ。


 このおっさん、子供好きなのか?


 意外なものを見たと世記は肩をすくめる。

 からかってやりたいところだが、今はそれより聞きたいことがたくさんあった。


「で、部屋で話してくれるって言ってたこと、教えてくれよ。俺はまだ納得できてないんだから」


 世記の要請に鈴木は真顔に戻ってうなずいた。


「では現状と経緯を説明いたしましょう」

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