02-4 あれは脅しか?
リュウ君に関して、特殊なケースで闘気を会得しようとしているのは説明した通りです、と前置きをして鈴木は続ける。
「ご存知の通り、極めし者は希少な存在です。鍛えても極めし者になれない者も多くいます。そこである界隈では能力者の取り合いとなるのです」
「取り合い? スポーツ推薦とか?」
「それもあるでしょうが諜報部が口を出す案件ではありません。脅迫や恐喝など違法なことが絡むと警察から調査の依頼があるでしょうが」
諜報部という言葉に、そういえばこのおっさんはスパイって言ってたなと
「それじゃ、取り合う界隈って」
尋ねようとして昨日の出来事を思い出し、世記は答えに行き当たった。
「暴力団などの犯罪組織です」
予想通りの鈴木の答えに世記は固唾をのんだ。
かつて不良と喧嘩になったことはある。昨日はチンピラと軽くやりあった。だがもっと大きな組織が絡んでくるとなるとさすがに恐怖が湧き上がってくる。
「リュウ君が極めし者の素質を持ち合わせていると裏社会に知れると、まず児童養護施設に里親の申請が来るでしょうね」
一見暴力団とは無関係の者が養親となり、そこから暴力団員に引き渡されるというパターンがあるのだそうだ。
「昨日のチンピラはリュウの下見に来たってことか?」
「いえ、昨日のは本当に偶然のようです。しかしリュウ君が極めし者の動きが見えていたことが彼らの関係組織に知れる可能性が高いですね。警察沙汰になったからには、彼らの所属する組織は何が起こったのか根掘り葉掘り聞きだすでしょう」
そこで、と鈴木は居住まいを正す。
「我々が暴力団の動きを掴み、けん制し、あきらめさせる間、あなた方でリュウ君を守ってほしいのです。『やまとのいえ』には彼に関する里親要求はすべて断るように手を回しましたが、そうなると力ずくで連れて行こうと考える輩が出て来るやもしれません」
世記はリュウを見た。
元気でちょっと生意気そうな男の子が、今は顔をこわばらせている。
暴力団に連れ去られるかもしれない。考えただけで怖いだろう。
守ってやりたいとは思う。
だが、それをするのが自分達であることに世記は疑問を抱く。
「なんで、俺らなんだよ。二階堂さんは納得というか、やる気満々みたいだけど」
まさか変な手を使ってないだろうな?
そういえば逃げたら家族が悲しむみたいなことを言っていたな。
一気に頭の中に湧き上がった疑問を世記が口にしようとしたが、さえぎるように鈴木が応えた。
「護衛対象者である西田リュウ君の希望です」
「えっ? そうなのか?」
リュウを見ると、笑顔になってうんうんとうなずいている。
「ことは姉ちゃんは前から知ってるし、兄ちゃんは昨日見て強かったしかっこよかったぞ」
ほめられて世記の機嫌は少しだけ上向いた。
「ご家族には了承をいただいておりますのでご心配なく」
鈴木は相変わらずすました顔だ。
「仕事早いなおい。じゃあ、さっき言ってたあれは脅しか?」
「あれとは?」
「俺が逃げたら家族が悲しむっての。マンション入る前に」
「そんなことを言いましたか?」
くそっ、はぐらかしやがった。
世記は鈴木を睨みつけたが鈴木は全然意に介していないようだ。
まったく堪えた様子のない鈴木。ここで言った言ってないを繰り返すより、胸糞悪いおっさんにはさっさと消えてもらった方がいい、と世記は考え直した。
「……で、どれぐらいここにいればいいんだよ?」
「恐らく数日から一週間ほどです。それ以上時間はかけないよう全力で対処いたします」
鈴木がひょうひょうとした笑みを消して、凛とした声で言った。
彼の真剣さが伝わってきた。全力で対処するという言葉は信じてもいいと感じる。
しかし、一週間、小学生を暴力団から守らなければならない。
結構ハードだ。
「あ、護衛と言いましたが必ずしも暴力団達が襲ってくるわけではないのでそんなに緊張なさらなくていいですよ」
また表情の読めない笑みを浮かべて鈴木は生活面について説明し始めた。
世記はため息をついてソファに体を預けた。
向かいに座っているリュウと目が合った。
「よろしくな、兄ちゃん」
にかっと笑うリュウに、実家の弟、
そういえば早く帰ると約束したのだった。もう事情は知っているだろうが電話をかけておいた方がいいだろう。
弟が超絶不機嫌になるのは目に見えている。気が重い。
玄関の方で物音がして、世記は意識をそちらに向ける。
早速襲撃か? と一瞬思ったが、まさかそれはないだろうと考え直す。
部屋にやってきたのは三十路に到達したかしないかの女性だ。
初対面だけど、俺、なんか怒られるようなことしたっけ?
思わずそう勘ぐりたくなるような目つきの鋭さだ。女性は厳しい表情で鈴木を見やると、寿葉に向かって一礼した。
「お嬢様、隣の部屋の点検が終わりました」
「では私はこれで失礼します。何かありましたら連絡をください。こちらからも定期的にいたしますので」
鈴木は全員に向かって頭を下げてから部屋を出て行った。
その後ろ姿を見つめる、いや、睨みつけている女性の顔は、汚らわしいものを見るそれだった。
鈴木の気配が消えると女性は世記を見た。あの敵意丸出しの表情でなかったことに世記は心底ほっとした。目つきは鋭いままだがきっとこれが彼女の素なのだろう。
「はじめまして丹生さん。私、寿葉様の世話係であり家庭教師の
寿葉をお嬢様と呼び、世話係と家庭教師を兼ねている女性がいるとは思わなかった。世記はあんぐりと口を開けて寿葉と女性を見比べた。
「何ですか?」
寿葉が尋ねてくるので世記は口ごもった。
「寿葉様のお父様は、製菓会社ニカイドーの社長です」
世記が尋ねたかったことを汲み取ったようで柏葉が応えた、
「すげぇ、ことは姉ちゃんのとーちゃん、社長さんっ?」
リュウが興奮して目を輝かせている。
ニカイドーといえば大阪に本社を置く大手製菓会社で、世記も幼い頃からスナック類を食べている。
まさかその会社の社長令嬢だったとは。
しかし、そうとなると新たに疑問が浮かんでくる。
「そんなお嬢さんに護衛とか任せて大丈夫なのかよ?」
尋ねるというよりは独り言のように小さな声が口からするりと出た。
「それはあの男の陰謀です。丹生さんもあの男には気を付けた方がいいですよ」
柏葉が冷たい声で吐き捨てる。
この
しかしそれを聞ける雰囲気ではない。
「まぁ、ほら、なんだ。とにかくこれからは俺らでリュウを守るってことで、よろしくな」
わざと明るい声を出して場の空気を替えようとした。
すると便乗するかのようにリュウが勢いよく手を挙げながら言った。
「守ってもらうばっかりじゃないぞっ。おれだってがんばるからな。今日からおれらは悪いヤツらにタイコーするどうめいだ。……おれと、兄ちゃん姉ちゃんの三人で、にさんがどうめいだっ」
にさんがどうめい?
世記はリュウを見た後、寿葉に視線を移した。
彼女の困惑の顔からして、同盟の名前がどうしてそうなったのか判らないようだ。
「おれが西田、ことは姉ちゃんがニカイドー、兄ちゃんはニブだろ? みょうじが『に』で始まる三人のどうめいだから、
どうだすごい思いつきだろう、と言いたげなリュウの得意顔に、あぁ、とため息に似た声が世記の口から洩れた。
「に×3=同盟、いいですね。よろしくねリュウくん、丹生くん」
寿葉は、まだ怒気をはらんだ表情の柏葉を制するように笑みを送ってから、リュウと世記に軽くお辞儀をした。
「あっ、もしかして仲間外れだからおこっちゃったのか? ごめんねおばちゃん。おばちゃんも『に』からはじまるみょうじならよかったのになー」
うわっ、めっちゃ地雷っ!
世記は恐る恐る柏葉の顔を伺った。
「おば……」
柏葉は毒気どころか魂を抜かれたような顔でつぶやいていた。
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