02-2 誘拐だぞっ

 ゆらゆらと揺らされている気がする。


 真っ暗などこかに閉じ込められていたかのような意識が浮上すると、今まで聞こえなかった音をぼんやりと意識する。

 車のエンジン音かなとぼんやり考えて、世記としきは目を開けた。


 座らされていて、体の一部に拘束されている感覚。

 目の前に広がるのはビル群。


 どうやら車の中で、自分は助手席にいるらしいと把握した。

 縛られているのかと思ったがシートベルトをつけられているだけのようで、世記はほっとした。


「お目覚めですか」


 陽気な中年男性の声がする。

 隣を見ると、自称諜報員の鈴木が笑顔で運転をしている。


「おいっ、どういうことだよっ」


 どう考えても誘拐されたとしか結論付けられないが、何がどうしてこうなったのか、どうして自分をどこかに連れて行こうとしているのか、世記には全く判らない。


「あなたにはこれからしばらくの間、身を隠していただきます」

「はぁ? 訳判んないんだけどっ?」

「ですよね。まだ何もご説明していませんので。あ、でも一応連れて行ってもいいかとお尋ねしたのですよ? 眠ってしまわれる直前でしたので覚えてらっしゃらないかもしれませんが」


 意識を失うように寝てしまう直前に何か話しかけられているのかと感じたが、そのことなのかもしれない。


 いや、待てよ、と世記は冷静に考える。


 そもそもどうして急にあれほど眠くなったのか。

 昼前まで惰眠をむさぼり、起きて昼食をとろうとしていた。確かにけだるさはあったが、ぶっ倒れるように寝るのは不自然じゃないか。


「あっ、メロンパン!」

「美味しかったでしょう? 評判の店のパンですからね」

「うまかったけど、ってそうじゃなくて。あんたっ、睡眠薬か何か盛っただろう!」

「何のことでしょう」


 鈴木は涼しい顔でハンドルを握っている。


「誘拐だぞっ」

「同意を得ているので誘拐ではありません」

「覚えてないからノーカンだっ」

「あなたが覚えていなくても、こちらには証拠があります。ご希望なら後でお聞かせしますよ」


 録音か何かしていたということだろうか。


「そんなもんあったとしても関係ない」


 次の信号で降りてやる、と世記は心の中で決意した。


「降りて帰られるおつもりですか? お金もないのに?」


 痛いところを突かれて早くも決意が揺らぎそうになる。


「交番か駅に行けば貸してもらえる」


 言いながら、現在地の手がかりを探す。

 大阪の中心部へと向かう高速道路の上のようだ。しばらくは降りられそうにない。

 とりあえずはおとなしくしておくしかなさそうだ。


 世記が黙ると途端に車内は静かになる。


 隣のいけ好かない中年男とのバカ騒ぎのようなやり取りがなくなると、世記の頭には今更のように疑問がいくつも湧いてくる。


 どこへ向かっているのか。大阪であろうことは予想できるが。

 身を隠すとは誰からか。なぜ隠れなければならないのか。

 昨日の騒ぎと関係あるのかもしれないことは予想できる。

 あのリュウという子が実は暴力団と関係があるのか。

 それとも、まさか、同級生の二階堂にかいどう寿葉ことはか?


 そもそも鈴木は本当にスパイなのか? 彼こそが暴力団関係者ではないのか?

 しかしそれにしては乱暴なところはない。

 睡眠薬を盛ったかもしれないところ以外は。


 どれもこれも、鈴木に聞かなければ答えは出せないし、聞いても本当の答えが返ってくる保証もないが。

 結局、世記は黙っているしかなかった。


 隙を見て逃げ出す心積もりだけは怠らないようにしなければならない。


 数分後、摩天楼がかなり近づいてきた頃、鈴木がのんびりと口を開いた。


「落ち着きましたか。それでは、強引にあなたを連れ出した理由をお話しいたしましょう」


 ここは黙って話を聞いた方がよさそうだと判断して世記はうなずいた。


「まず、少し遠回りになりますが、極めし者の人口比率はご存知ですか?」


 思っていたのとは違う切り口の話に世記は驚きながらも、考えた。


「千人に一人ぐらい?」

「いえ、一万人に一人と言われています」


 そんなに少ないのか、と目を見開いた。


 それにしては自分の周りにたくさん存在する。世記自身と同級生の寿葉、もしかすると昨日助けたリュウという子もそうかもしれない。一万人に一人の割には近くにいる極めし者は多すぎないか?


 しかし一方では納得もできる。


 極めし者となるには、格闘技をある程度たしなむ者が極めし者に師事して独特な呼吸法を会得しなければならない。そう簡単に誰でもほいほいとなれるものではないのだ。


「希少な存在の極めし者ですが、行くところに行けばたくさんいるというのが現状です。格闘技界がその主たる場でしょう。あと、本当はもっと高い割合で存在するという説もあります。先ほどあなたがおっしゃったように、もしかすると千人に一人ぐらい、いるかもしれません」

「それは、なんで判らないんだ?」

「まず、登録などの義務がないからです。なので正確な数は把握できません」


 なるほど、と世記はうなずく。


「次に、力を隠す者が多いからです」


 これにも納得だ。


 世記も自分が極めし者だと公言しているわけではない。昨日のように襲いかかってきそうな相手にけん制する意味で伝えたりするが、それ以外では名乗りもしないし力をみだりに使うこともない。


 寿葉に関しても、たまたま彼女が二か月前に不良をいなした時に闘気を感じ取ったから判ったのであって、彼女から名乗り出てきたわけではない。


「なぜ隠すのか、その様子なら納得のようですね」

「偏見とか絡まれたりとか、そういうのに巻き込まれたくないから、だな」

「そうです。極めし者という名称と共に認知度も広がってきましたが、全国民が知っているかというとそうでもありませんし、たとえ力を使って人助けをしたとしても恐れられたりしますから」


 言われて、世記は昨日の「やまとのいえ」の人達を思い出した。

 記憶の中の化け物を見るような目に怒りを掻き立てられた世記をちらりと見て、鈴木は苦笑する。


「あなたも高レベルの極めし者と会ったらきっと、恐れる側の気持ちが実感できますよ」


 車はビル群のただなかへと入って行く。高い建物の間をすり抜けるのを見ながら、世記はうーん、と曖昧にうなった。


 異能だろうが強い力だろうが、助けたことに違いはないじゃないか。

 そう言いたいが、別に感謝されたくて助けたわけでもないし、とも思う。

 何も怖がらなくたって、とも思うが、未知の力が恐ろしいのはきっと世記だってそうだ。


 うまく言葉にならなかった。


 鈴木はその件に関しては言及せず、話をもとに戻す。


「最後に、これは俗説ですが、極めし者は集いやすいというのがあります。惹かれあう、とも」


 異能者は異能者同士、分かりあえることも多いから同士として結束すると鈴木は言う。


「さて、本題に入ります。あなたが昨日助けた少年、リュウ君は極めし者の素質を持ち合わせています。それもとても強い力を、です」


 もったいを付けるような鈴木の口調に、やっぱりな、と、そこまでか、という感想が世記の頭に浮かんだ。

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