01-2 こっちに来ましたっ。助けてぇ!

「おい、施設なかに逃げろ。職員に警察呼んでもらえ」


 世記としきは子供達に声をかける。


「えー、おれ、ことは姉ちゃんの戦い見てたい」


 あんたの命令になんて従う必要ないというリュウの心が、むすっとした顔に出ている。


「それじゃぼくが行ってくる」


 もう一人の子が門を抜けて中に入って行ったので世記はほっとした。


 通報元は多い方が警察はすぐに動く。自身も携帯電話で警察に電話をかけながら、寿葉ことはの動きを注視する。


 激昂して掴みかかるチンピラをいなし、また転ばせる。

 もう一人も厳しい顔になって参戦する。何度も突きかかるが、男の拳が寿葉を捕らえるどころか、かすることもない。男の動きも決して遅くはない。だが寿葉の動きが優に上回っている。


 彼女の、肩よりも少し長いストレートヘアも濃紺の制服の膝丈スカートも、彼女を追いかけるが決して追いつけない。上半身は学校指定のジャンバーを着ていて格闘には向かないのにスムーズな寿葉の体裁き。もはや攻撃からの回避でなくて軽やかな舞だ。


 世記は寿葉の姿にくぎ付けだ。


 以前一度だけ彼女が戦うさまを見た時の感動を思い出した。


 二か月ほど前、奈良駅近くの商店街で不良達に絡まれた。

 彼らは一年近く前に世記が横浜で不本意ながら関わってしまった高校生で、修学旅行で奈良に来ていたようだった。


 不良達からどうやって逃げようかと困っていたところ、寿葉が通りかかり助け出してくれた。

 女子相手にも暴力に訴えた不良達をいとも簡単に地に這わせてゆく彼女に、世記は惚れた。格闘をたしなむ者として。


 それ以来、世記は寿葉に試合を申し込み、断られ続けている。


『もしもし、「やまとのいえ」でどうしましたか?』


 携帯電話からの男の声に世記は我に返る。


「やまとのいえの前でガラの悪い男達が子供を襲ってます。すぐ来てください」


 寿葉ばかり見ていたチンピラが世記を見た。


「てめぇ、なに余計なことを!」

「うわぁ! こっちに来ましたっ。助けてぇ!」


 ちょっとわざとらしく電話に叫んで世記は身構えた。

 息を大きく吸う。体に力を巡らせるようイメージしながら強く吐き出すと、世記の体がうっすらと白く輝き、立ち昇るオーラは赤くなる。


「何それっ!?」

 リュウが目を輝かせる。


闘気とうき見るの初めて? おまえ極めし者じゃないのか? まぁ今はいいか)


 世記は気を取り直してチンピラに向き直り、挑戦的な笑みを浮かべてやった。


「極めし者って知ってるか?」


 チンピラはひるんだが、ここで引くわけにはいかないとばかりにズボンのポケットから折り畳みナイフを取り出した。


 あっ、ラッキー。


 思わず本音が口から出そうになって世記はぐっと唇に力を入れる。


 極めし者は力の使いどころが難しい。強大な力ゆえに身を守る行為さえ過剰防衛ととられることがままある。寿葉が相手を気絶させるような反撃に転じなかったのはそのあたりを気にしてのことだろう。


 だが相手に殺意があるなら多少手荒なことをしてもとがめられない。極めし者となってから一年近くだが対人戦の経験は乏しい世記にとって、手加減の心配をあまりしなくていいのは助かる。


 チンピラ達がナイフを振りかざす。世記は軽く後ろに下がってやり過ごした。


 二人は世記の左右に別れた。さすが荒事に慣れている感じである。連携をとってナイフを振り、突いてくる。

 寿葉ほど華麗ではないが世記もチンピラの攻撃を危なげなくかわしていく。


 男達のナイフが首と腹に向けて同時に繰り出された。

 両方を避けるのは難しい。世記は体を横に倒しながら首への攻撃をかわしつつ、反対側の男のナイフを狙って足を振り上げる。


 だが蹴りは男の手首に直撃してしまった。男は得物を落として長い呻き声を漏らす。

 手首を捻挫したか、下手をすれば骨折してしまったかもしれない。


「にーちゃん、すげー!」

 リュウ少年が喜び、寿葉がため息をつく。


丹生にぶくん、やりすぎです」

「やっぱり?」


 とぼけるつもりはなかったが、世記の声は悪事を叱る母におどけてごまかすかのような響きになった。


 そこへ、遠くからパトカーのサイレンが近づいてくる。


「このクソが!」

 まだ元気な方の男がナイフを構えなおした。


「おいおい、まだやる気かよ」


 世記が呆れた声で言うと、チンピラはニヤッと笑って一歩踏み出す。

 世記に襲い掛かると見せかけた男は、リュウへと転身した。


「俺の狙いは元々ガキだ!」


 世記は予想外な行動に驚いて、吠えながらナイフを振り上げた男を止めることができなかった。


 余裕あふれる態度で観戦していたリュウの顔がこわばった。

 しかし彼がけがを負うことはなかった。


 寿葉がずいと前へ踏み出す。軽く身をかがめたかと思うと男の振り下ろされるナイフをかいくぐり、腕を取り、軽やかなしぐさで投げをうつ。


 地面に背中から叩きつけられた男は、体中の空気を無理やり吐き出さされたかのような音を口から漏らした後、目を回して失神した。


「それは、やりすぎじゃないのか?」

「リュウくんとわたし、二人の命を脅かしたのですから妥当です」


 世記が問うと寿葉はしれっと答えた。

 元々悪人は少々痛い目にあわせてもOKという考えの世記は、それ以上深くつっこむことはやめた。


 間もなくパトカーが一台到着する。中から警官が三名出てきた。


「これは、どうなってるんだ?」

「暴漢が襲ってきたので、やむを得ず無力化しました」


 寿葉がさらりと言った。「やむを得ず」を強調したのは言うまでもない。


「まぁ、とにかく事情を聞こうか。この件に関わったのは?」

「僕達と、一人、施設に逃げさせた子がいます」

「判った。あと二台、こっちに向かってるから君達はそれに乗ってきなさい」


 警官達が男二人を車に乗せた。


「えっ、おれもパトカー乗るのか?」


 リュウはワクワクしているが、世記はうんざりだ。


 ふと視線を感じて施設の入口を見る。


 職員数名と、彼らの陰に隠れるように子供達が数名、化け物でも見るような視線を送ってきていた。


(あんたらのとこの子供を助けたのになんだよその顔)


 世記はいらだったが、寿葉にそっと腕を掴まれて言葉を呑む。

 これが「異能者」に対する偏見の目だと世記は改めて痛感した。

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