に×3=同盟の慌ただしい十日間

御剣ひかる

同盟結成

12月22日 終業式&チンピラ

01-1 やめた方がいいぞっ

 駅から外に出ると、冷たく乾いた風が吹き抜ける。


 地球温暖化だなんだ言いながら冬はやっぱ寒い。特に奈良は盆地だから、って言ってたっけ。

 そんなことを思いながら丹生にぶ世記としきは体を縮こまらせた。


 今日は二学期の終業式で、今はお昼前だ。一日のうちで暖かい時間帯だが、寒いのが苦手な世記には北風は身を切るかのよう。

 隣の同級生、二階堂にかいどう寿葉ことはは、北風も、それに負けそうな世記もまさにどこ吹く風な様子できびきびと歩いている。


 世記はちらりと寿葉を見る。


「何ですか?」


 寿葉の涼しいを通り越して寒々しい声が世記に突き刺さる。


「なぁ、いい加減、うなずいてくれ――」

「嫌です」

「――よ。って、食い気味に思い切りぴしゃっと否定しなくても」

「嫌なものは嫌なのです」

「君と俺との仲じゃないか」

「ただのクラスメイトです」


 うっと世記は言葉を呑んだ。


 寿葉の言う通り、彼女とは同じ高校に通うただのクラスメイトだ。普通に学校生活を送っていればそれ以外に接点すらない。


 付き合ってもいないのに二人で下校しているのは、もちろん世記が寿葉にくっついて行っているからだが、それができるのは目的地が同じ方角だからだ。そうでなければ世記はストーカーとして通報されても文句は言えない。


 二人は駅のそばの商店街を抜け、住宅街に差し掛かる。


「……なぁ、どうしてそんな嫌がるんだよ。時間がかかるわけでもないのに」


 世記が隣の同級生にもう一度食い下がる。


「時間の問題ではないのです」

「俺とはりたくないってことだよな。それは前に聞いた。けどなんで?」

「それが判らない人だからです」


 うーむ、と世記はうなった。


 もう二人の目的地近くだ。住宅街の中にひときわ大きな建物が見えてくる。

 そこは児童養護施設「やまとのいえ」。寿葉がボランティアで時々手伝いに行っている施設だ。


 もう少し歩けば寿葉は施設に入って行き、世記は隣のアパートの自室に帰る。


 今日も口説き落とすことはできなかったか、と世記はがっくりした。


 だが「やまとのいえ」の入口が見えてくると、いつもと様子が違うことに気づく。門のそばで大人二人と子供二人が、なにやらもめているようだ。


 中でも目立つのは、子供一人の髪だ。太陽の光を受けてキラキラと金色に輝いている。


「あれは……、リュウくん」


 隣の寿葉の顔色が変わる。


 あのもめてんの施設の子か?


 世記が口にする前に寿葉は走り出していた。

 おいて行かれた世記も慌てて後を追う。


 施設の入口が近づいてくると、トラブルを起こしているらしい男と子供の声も聞こえてくる。


「謝れっつってんだろうがよ」

「なんでおれがあんたにあやまらなきゃならないんだよ。元々、先に手を出してきたの、そっちだろ」


 大人二人は服装こそ普通だがいかにもチンピラと判る雰囲気だ。そのうちの背の高い方が金髪の子供と言い争っている。


 金髪の子供は身長一四〇センチぐらいだろうか、ランドセルを背負ってることからして小学生だ。自分より三〇センチほど背の高い居丈高な大人に負けていない。果敢に睨み返している。隣の子は少し怯えた様子でやり取りを見ている。


 あの髪は地毛なのだろうかと世記は疑問に思った。だがさすがに今それを尋ねるほど空気が読めないわけではない。


「なにをしているのですかっ」


 ほんの少し先に到着した寿葉が四人に声をかけている。言葉遣いはいつも通り丁寧だが、走っていたためか焦っているのか、語気は荒めだ。


「あっ、ことは姉ちゃん」


 金髪男子はチンピラに向けていた勇ましい顔を情けなさそうに崩した。


「あぁ? なんだおまえは」


 新手の登場に面食らっていた様子のチンピラが、寿葉にすごむ。

 こういう時、たいていセリフ同じだよな、と世記はそっとため息だ。


「ここでボランティアをしています。この子達の世話係です」


 あっ、ご丁寧にそんなこと言っちゃったら……。

 世記が慌てて止めに入るより早く、ニヤついた顔になったチンピラが、ずいっと寿葉に顔を寄せる。


「つまりこのガキの監督者ってことだな? じゃあ責任とってもらおうか」

「何の責任ですか?」

「決まってんだろ? ガキがナメた態度をとって大人に楯突いた責任だ。どうやってかは、判ってんだろう?」


 チンピラが寿葉の肩に手を置いた。下衆に歪んだ顔から何をしようとしているかは明白だ。


「あっ、やめた方がいいぞっ」


 世記の口から咄嗟に制止の声が飛び出る。


「おまえこいつの男か? 残念だったなぁ、おれらで楽しむことになったからあきらめ――」

「勝手に変な方向に話を進めないでください」


 寿葉は冷ややかな声と共に、肩に置かれている手を掴んだ。

 次の瞬間、男は地面に転がされていた。男は「へぎゃっ」と変な声を漏らしながら目を白黒させている。


「だからやめた方がいいって言ったのに」

「すごっ、ことは姉ちゃん! カッケー!」

 世記の感嘆にリュウの歓喜の声が重なる。


「えっ、何があったの?」

 リュウの隣の怯える小学生がさらにビビっている。


「ことは姉ちゃんがチンピラの手をつかんでおし下げただけで、すっころばせたんだぞっ」


 こいつ、あの動き見えてたのか? と世記はリュウを見た。


 寿葉の動きは「一般人」には見えなかっただろう。実際に技を食らった男も後ろの仲間も驚いているし、説明されたのにリュウの隣の男の子もきょとんとしている。


 世記が彼女の動きを目で追えたのは彼も彼女と同じ、異能者だからだ。


 きわめしもの


 格闘に長けた者の中でも、特殊な呼吸法を身につけて常人では考えられない身体能力を得た者を、こう呼ぶ。


 凛とした立ち姿の寿葉を、男達はただですませるつもりはなさそうだ。転がされた男はそれまでと違って本気で寿葉を睨みながら立ち上がった。


(ヤバい。このままだと二階堂さんがまずい。刑法的に)


 世記はこの先の展開を予想して、そっと携帯電話を取り出した。

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