01-3 そりゃムリだ

 夕方になって、ようやく世記としきはアパートに戻ることができた。


 部屋の隅にたたんである布団を引っ張り出すのも面倒で、鞄を机の上にやや乱暴に置くと畳の上にごろんと大の字になった。


「ムカつくな、施設の奴ら」

 つい独り言が漏れる。


 暴漢が連行されて、パトカーが到着するまでの数分間、施設の職員とは何も話さなかった。


 リュウが一緒に下校していた男の子を呼びに建物に入って行くと、あからさまに避けられていた。彼が異能を発揮したわけでもないのに、異能を理解して称賛しているだけでも差別の対象になるのか。


 胸糞悪い、と再び口の中でつぶやく。


 気分が悪いのは「やまとのいえ」の人達の対応だけではない。

 警察に「極めし者なんだから軽々しく力を使ってはいけない」とお説教を食らったのだ。


 相手がナイフを出してきたから闘気を解放して対処しただけなのに「軽々しく」などと言われたくない。


 そもそも相手は暴力団関係の男達だったそうだから、世記達は社会悪をやっつけた正義の味方として称賛されてもいいぐらいだと思う。


「二階堂さん達は大丈夫だったかな」

 今度は声に出してつぶやいた。


 寿葉ことはやリュウとは別々に事情聴取されていたので、あれから彼女らがどうなったかは判らない。


 寿葉に話を聞こうにも連絡先など知らないし、明日から冬休みなので新学期まで顔を合わせることもない。リュウは隣の施設にいるが、職員達の態度を思い出すとわざわざ訪問しようとまでは想わない。


 ま、別に何もないだろ、と気にしないことにした。


 そのタイミングで腹が鳴る。


 昼食を食べ損ねてしまっていたことに今更ながらに気が付いた。


 ラーメンとかまだあったっけ、とため息をつきながら起き上がったど同時に、携帯電話に着信だ。


「なんだよ腹減ってんだよ」


 アラームが鳴り続ける電話に文句を吐きつつ、通話ボタンを押した。


『兄ちゃん! 年末年始帰ってくる?』


 電話を耳にあてなくとも聞こえてくる元気いっぱいな弟の声に世記のしかめっ面が緩んだ。


「こっちで宿題片付けてから帰るよ」

『いつ終わるの? あさって?』

「そりゃムリだ。小学校の宿題とは質も量も違いすぎる」


 期待を込めた声に笑って帰すと、弟、俊記しゅんきは「えー」と不満そうだ。


『早く終わらせて帰ってきてよ』

「りょーかい。冬休みなんだから母ちゃん助けてやれよ」

『だいじょうぶ。おれ、兄ちゃんよりご飯作るのうまいし』


 あはは、と乾いた笑いが世記の口から洩れた。一人暮らしで何が一番困るかと問われると料理と即答するぐらい苦手だ。

 時々、近くに住む叔母さんが料理を持ってきてくれるのが本当にありがたい。


 それじゃ、と電話を切った。


 そうだ、晩飯どうにかしないといけないんだった、と思い出して少しうんざりしながら、世記は台所に立った。

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