朝が来る前に。

Kashimo

結晶

 初夏、涼しい風が身を包む。ベンチに座ってタバコを吹かす、紫煙にまみれながら奴の電話を待っている。会うと約束したのは九時なのに、今は九時半を回ろうとしている。ポケットの中で携帯が震えた。奴からの電話だ。「今どこにいますか?」「今向かってるから少し待ってろ」。なんて野郎だ人を三十分待たせておきながらこの言い様は。タバコが全て灰になってしまった。黄昏るにはいい時間だ。横から足音が聞こえてくる。体が無意識に力んだ。奴だ。「よう、待たせたな」「そんな事はいいので。ネタは?」「もちろん、あるで。一個やろ?」そう言ってポケットを弄って、パケを見せた。「金は?」奴はパケを片手に聞いてきた。「もちろんある」そう言って財布から二万五千円を奴に手渡す。手慣れた手付きで札を数え始めた。「よし、ニ五あるな。」「もちろん。」そう言うと奴は汚い歯を見せてはにかんだ。「ほらよ、お待ちどう。」パケが自分の手の中にある。それだけで気分が高揚した。パケの中の白い結晶が所々パケに小さい穴を開けていた。「ほな、俺は帰るわ、今日はおおきに。」そう言って街灯のない道を奴は歩き始めた。ベンチから立ってタバコに火を着けた。家への帰路はドキドキする、人のいない道をわざわざ通る。コンビニでコーヒーとおにぎりを買って、家の階段を足早に駆け上がる。自分の部屋の階に着いた時に身じろいだ。廊下には誰もいない。それだけで心が落ち着く。コツコツと静かな足音が廊下に響く。鍵を出して、扉を開ける。どっ、と安心感が体中に広がるのを感じながら、小さい部屋のソファーに座る。パケを慎重に開けて、透明と白とも言い難い結晶を取り出した。「やっとだ」そう呟いて、アルミホイルをキッチンから取ってくる。おにぎりを貪りながら、ストローとライターを用意した。一気に心臓が鼓動を早めて、目の前の結晶をアルミホイルに落とす。水を口に含んでストローをくわえた。ライターをアルミホイルの下にかざして、下から炙る。溶けて煙になった所をストローで吸い込む。ポコポコと口内で音がしながら、煙を吸い込む。煙で肺が埋められる。数秒息を止め、吐き出す。ジワジワと体が温まってくる。高揚感が体中を駆け巡る。吐息が漏れた。そうだ、仕事を終わらせないと。目の前のパソコンに目を向けて、書類を作成する。あっという間に終わった。体感では20分くらいだったが、時計を見てみると1時間を回っていた。だが新鮮味はない。シャブを使っているとよくあることだ。仕事を終わらせた事だし、追い吸いでもしよう。アルミホイルはさっき使った分できれてしまった。仕方がない、たわしとパイプを使うか。このやり方は主にヘロインやコカインに使用するのだが、シャブでも適用できる。金属たわしをライターで炙り、除菌する。パイプにたわしをおもむろに詰め込む。その上から天国の切符を落とす。上から火を着ける。真っ白の煙がパイプを満タンにする。肺もハイも満タンだ。やはり奴のネタはマブだ。ソファーに寝転がってテレビを見るが、下らなく感じて直ぐにテレビを消した。部屋に静粛が訪れる。携帯を開いて仕事の連絡に返信をして、音楽をかけた。ついでにジョイントも巻くか。棚からローリングペーパーとラップに包んだハシシを手に取る。下に紙を敷いて縦に一回横にも一回折る。上から砕いたタバコとハシシを乗せて、指で優しくこねる。みるみるうちにハシシとタバコが混ざり合う。チラシを長方形に切ってテーブルの角に当てて、下にゆっくり引く。丸めるにはこれが一番だ。ローリングペーパーの端に丸めたチラシを置いて、その横に均等になるようにハシシを敷く。汚く巻かないように慎重に巻いてゆく。今日は上手く巻けた。フィルターを下に向けて、テーブルにトントンとジョイントを打ちつける。これは中の空気を抜いて、片焼けを防止する為だ。上手く巻けた気がする。先端が凸になっている所を噛んで引きちぎる。ライターを先端に近づけ、芳しい匂いと共に煙が肺の中に染み渡る。すぐに吸い終わってしまった。明日は休みだが、仕事がまだまだある。そのままソファーに寝転がって、ハイプロンを四錠入れて寝た。翌日は倦怠感と共に目覚めた。まだ八時だ。家の前にある自動販売機でコーヒーでも買おう。異常に重い体を起こして財布と鍵を持って外に出た。エレベーターの前に数人の男たちがいる。「前田慶次だな、覚せい剤取締法で逮捕状が出ている。」「そうですか。」やっとだ。ツケが回ってきた。数人のポリと一緒に部屋に戻る。その途端にポリは部屋の隅々までネタを探し始めた。本の一ページづつ調べている。ネタはそこにあると指さして教えると。全員で棚を探し始めた。昨日買ったシャブが棚から顔を出す。そうすると分かっていたように試験管のようなものを取り出して調べ始めた。結果は言わずもがな黒だ。「八時三十六分覚せい剤取締法で逮捕する。」全てが収束した何もかも失う。一瞬の快楽に身を委ねた結果がこれだ。だが後悔は微塵たりともない。僕は階段を降りる。

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