君は誰?
072:神薙の血
「那由ねーちゃん。どこにも行かないでよ~。おいて行かないでよ~」
…………
ガバッ
布団を跳ね除け起き上がると、目から大粒の涙が溢れ、体中から多量の汗が滴っていた。
どうやら夢だったようだ…… びっしょりと濡れたパジャマやシーツが、ひどい悪夢を物語っている。
「那由姉さんの高校卒業式になんて夢をみたんだ」
姉さんと同じ高校に通うため一生懸命勉強して合格したのに、姉さんはその高校を入れ替わるように卒業してしまう。高校卒業後の進路は神学を学ぶために東京の大学に行くことが決まっている。
離れたくない。姉さんと離れたくない。そんな気持ちが日々膨れるばかりだった。
僕は岩谷なぎさ、中学3年生。那由姉さんとは物心ついたころから家族ぐるみの付き合いがあった。
いつも一緒にいる姉のような存在から、いつしか『姉さん』と呼ぶようになっていた。
「なぎさちゃん。姉さんは家の家業を継ぐために東京の大学に行って神学を学んでくるね。卒業したらきっと戻ってくるから、しっかり勉強して成長した姿を姉さんに見せてちょうだいね」
「う……うん。姉さんと同じ高校にも合格できたし、姉さんと逢う時までに高校でしっかりと学んでビックリするくらい立派な男になってるよ」
そんな約束をして高校の卒業式を見送った。同日に中学校の卒業式もあったので、夜に両家族で『卒業&入学』パーティーを開催する予定だった。
▽ ▽ ▽
「またあんたと同じ学校なの。良く合格できたわねぇ。来年は凛もこの高校狙ってるみたいよ」
「まあ、その辺りは腐れ縁なのかもな。そういえば凛ちゃんに卒業記念に立派なボールペンをもらったよ。お祝いまでしてくれるなんて優しいよね」
「まったく…… 鈍感が。 まあ、いいわ。ちょっと付き合いなさい」
いつものことだが竜崎は強引だ。小学校からの腐れ縁で家も近い。今日は、神社で稽古をつけてもらいに行くらしい。
普段は竜崎の従妹である凛ちゃんの実家、古式道場に通うのだが、今日は那由姉さんの実家である神社併設の神薙道場で鍛錬するようである。
神薙道場は、『神道にも武の心が必要である』という考えから、主に薙刀を教え、那由姉さんや父である神薙京(かんなぎきょう)が先生となって門下生に指導をしている。
竜崎は弓だけでなく刀の道も極めんと、リーチで不利をとる薙刀相手の鍛錬に時折だが神薙道場へ手合わせを願いに行っていた。
この神社には一般の参拝者が入れない聖なる場所がある。『禊(みそぎ)の湯』と呼ばれ、地下から沸き出た源泉と山から流れる清流が交え、常に湯温が42度に保たれている。
なぜ、聖なる湯になったかというと、源泉の沸き出た場所の真上に安置されている像を削るように湯が沸き出ている。それと清流が神木に長い年月をかけて穴をあけ、そこを通るように流れているので、ふたつが交差する場所に禊場を造ったのだ。
この『禊の湯』は、神事などの前に禊として利用する。
僕は隠れてこの湯に良く入っていた。気持ちが落ち着き、心が洗われる。嫌なことも忘れて頑張ろうという気にさせてくれるのだ。
たまにお風呂の光が僕の体に入る感覚がとても気持ち良い。ここに入るたびに幸せな気分になれるこのお風呂が大好きだった。
ここに浸かるうちに、いつしかこんな素晴らしいお風呂を作ってみたい。みんなに広めたいと思うようになっていった。
▽ ▽ ▽
私は神薙那由(かんなぎなゆ)。今日は高校の卒業式があった。来週には神道の勉強をするため、東京にある大学へ入学準備のをするのに引っ越さなくてはならない。
これまで私は巫女としてこの神社にご奉仕してきた。これからは神社を継ぐためにいろいろと学んでいかなくてはならない。
しかし…… 心残りがある。なぎさちゃんのことだ。子供だ子供だと思っていたけど、私のために猛勉強して同じ高校に合格するし、私のことを本気に心配してくれる。私が普通の女の子だったら、なぎさちゃんの気持ちに気づかないフリなんてしなかったかもしれない。今は大学でしっかり学ぶことを考えて、戻ってきたときになぎさちゃんの気持ち次第で考えてみたいな。
そんなことを考えながら『禊ぎ場』で沐浴の準備をしていた。
時間は18時を過ぎて、辺りは真っ暗になっていた。普段は、フクロウの声や虫の声が聞こえているのだが今日は何故か無音。沐浴するお湯の音だけが響いていた。
突然、安置されている像が光った。像というより湧き出てくるお湯が光っている。湧き出したお湯と一緒に光の環が『禊ぎの湯』に向かって流れてきた。環の中には見たこともない紋様が描かれ徐々に全体の光が強くなる。
中心に真っ黒な珠がある光の環。まるで魔法陣みたい……。その光の環が近くまで流れて来ると、まるで生きているように飛び上がり、私を飲み込んだ。
…………
ここはどこだろう。気づくと真っ暗な場所にいた。どこを見渡しても深く真っ暗な闇が広がり、目が見えていない黒なのか、闇の黒が見えているのか分からない不思議な感覚だった。
沐浴していたので裸だったはずだが、巫女装束に身を包み手には薙刀を持っていた。
右も左も分からない真っ暗な場所を歩いて行くと、光の環の中心にあった黒い珠がふわふわと浮かんでいた。
『神薙の血を引く者よ……』
どこから声が聞こえてくるのか分からない。全方向から聞こえてくるような感覚だった。
「あなたは誰なの。一体ここはどこなの」
『神薙の血を引く者よ。私の娘を助けるため贄(にえ)になってもらうぞ』
「何のこと? 娘? 贄って何をさせるつもりなの?」
『神薙の血を引く者よ……』
黒い珠から黒光りする靄(もや)が私を包んだ。意識が遠のいていく…… 体から精神が離れていく感覚があった……
『神薙の血を引く者よ…… 精神と記憶だけ娘にいただくぞ』
『神薙の血を引く者よ…… 容れ物は不要だ誰も通らぬ奥深くで眠れ』
『あぁ…… これで娘は救われる……』
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【あとがき】
この72話とセットのストーリーとして → 【リリス編】(1)出生の秘密
https://kakuyomu.jp/works/1177354054894155286/episodes/1177354054894155365
がありますので、こちらを読んでいただけると、より深くストーリーを楽しんでいただけるものと思います。
ここまで1日1話を続けてきましたが、ストックと仕事の関係で、ある程度の期間を隔て、投稿していくことになります。
よろしければ、ご意見などご記載いただければ嬉しいです。
今後ともよろしくお願いします。
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