【外伝集】ただの風呂好きが異世界最強 ~ぼくとデミちゃんが紡ぐ旅~

ひより那

【リリス編】

【リリス編】(1)出生

「ここはどこだ?」


「私は誰だ……?」


 巫女装束に身を包んだ長い黒髪の女性がサムゲン大森林に立っていた。手には薙刀を持った記憶の無い女性。


 そこへサキュバス族の夫婦が通りがかった。夫ガドルと妻ルリである。


 サキュバス族は人の夢を操る力を持つため、全ての悪夢はサキュバスが原因と思われ恐れられていた。


 町では人目を避けながら生活していたが、ある時、町に悪夢が蔓延し精神崩壊する人が続出する事件があった。その犯人を人々はサキュバスに結び付けて迫害するようになっていったのである。


 それからサキュバス族は人々を避け、安住の地を求めて旅をしながら生活している。

 この夫婦はサキュバス族の戦士でサムゲン大森林に村を作れる場所がないか探索している最中であった。


「君は誰だ!」


「分からないの。気づいたらここにいたの」


「どこから来たのかしらねぇ。お名前は?」


「何も分からない。名前も……なぜここにいるのかも……」


「とりあえず町まで連れて行ってやる。そこから先はなんとかするんだ」

 ガドルは記憶のない少女をベオカに連れて行き村に任せる事を考えていた。


「あなた……記憶を取り戻す手助けをしてあげられないかしら」


「うーん。サキュバス族でもない者をキャンプに連れて行って良いものか……」


「私が族長に話してみるわ」


 記憶のない少女は、何をどうしたら良いのか分からない不安が、サキュバス族の夫婦に頼れる安心感から、安堵してへたり込んだ。


 その少女を襲うように藪から狙っていたヨツメオオカミが鋭い爪を立て飛びついてきた。


「あぶないっ」


 ガドルはヨツメオオカミに切りかかるが既に体が二つに分かれていた。


 少女の方が一瞬早く薙刀で一閃していたのだ。


「驚いたなぁ。嬢ちゃん強いなぁ」


「私も分からないのです……気づいたら体が動いていました」


「お嬢さん。名前がないと不便だから『リリス』って呼んでいいかしら。私たちの子供が産まれたらそう名付けようとしている名前なの。お嬢さんみたく可愛くて強い女の子になって欲しいからおまじないね」


「リリス……。かわいい名前ですね。 名前を付けてもらえてうれしいです」


「気に入ってもらえて良かった」


 ガドルとルリは笑顔でリリスの頭を撫でた。


 リリスを連れガドルとルリはサキュバス族のキャンプ地に向かった。

 道中は多くの魔獣が出るが、初めてとは思えない3人のコンビネーションで薙ぎ倒していく。


「本当にリリスは強いな。夫婦のコンビネーションに違和感なく入ってくるんだからな。サキュバス族最強と言われた俺たち夫婦は形無しだよ」


 ガドルとルリは笑いながらリリスを褒めた。リリスはとても嬉しかったのか頬を赤らめモジモジした。


「あ、ありがとうございます」


「長老に相談しようと思ってたけど、俺たちと家族になっちまえよ」


「それはいいわね。リリスちゃんさえ良ければどうかな」


「わ……私は嬉しいです。記憶もなく困っている私に名前まで付けてもらって……それに優しいお二人と一緒にいられるなんて」




 そんな時、一匹の魔獣が現れた。


「ネ……ネメア」


 ガドルが恐れていた魔獣と出会ってしまった。サムゲン大森林の主とも言われるネメアだ。


 ネメアは既に臨戦態勢。こちらが身構える前に飛び掛かる。


 ガドルは辛うじて躱(かわ)すが遅れてきたように肩に傷が出来る。

 ルリは精神魔法を使ってネメアに攻撃するが1瞬動きを止める程度しか効果は無い。しかし実力的にかなわない魔物を倒すためには、その1瞬に掛けるしか方法はなかった。


 ルリの魔法で一瞬動きを止めた隙を狙って、リリスとガドルが攻撃を繰り出してネメアにダメージを与えていく。



 そんな一進一退の攻防が続くが、遂に均衡が破られる時がきた。


 ルリの魔力が尽きたのである。


 動きを一瞬でも封じられないガドル達にはネメスの攻撃を躱すこともこちらの攻撃を当てる事も出来ない。


 その雰囲気を悟ってか、ネメスはルリに飛び掛かった。


 ルリは避けられないと悟って武器を下ろして諦めてしまったが、ガドルは諦めずにルリに向かって走るが追いつけるはずもなく目を瞑った。


 ズシャッ



 リリスが盾となりルリを守っていた。ネメスの爪がリリスの腹を貫通している……


「わたしの家族に傷を付けさせない……」


 歯を食いしばりながら必死で言葉を発した。


 リリスは腹を貫かれたまま薙刀をネメスに突き刺して命の炎を燃やすように魔力を込める。


 薙刀から巨大な炎が溢れ出しネメスを焼き尽くした。


「ガドル、ルリ……あ……り……が……と……う」


 そう言い残し、リリスは崩れ落ちるように倒れてしまった。


 ガドルとルリはリリスに走り寄って抱きかかえる。


 リリスの命は風前の灯のように消えかけている……


「ガドル。私はあなたとの子供が産める状態よ!」


「ああ、リリスを子供にしよう」


「2人の子供を産むのは、また精力を貯めてからにしましょう」


 そう言ってルリはリリスを抱きかかえて祈りを捧げた。


 ルリの体と共にリリスが黄金色(こがねいろ)に輝きだす。


 黄金色の光がルリのお腹からリリスへ流れるように移っていく……


 …………


 ……全ての光がリリスに移るとルリは倒れこむが、ガドル受け止めて抱き寄せた。


「もう大丈夫。この子は私たちの子供よ」


 リリスは金色の美しい髪、赤く大きな瞳の赤ん坊になっていた。

 頭には可愛い角。腰には小さな翼が生えている。


「俺たちの子供。サキュバス族のリリスだ!」


 ガドルはリリスを天に上げて喜んだ。




【物語解説】

 サキュバス族の子作りには2通りの方法がある。


 1つ目が人間と同じ生殖活動を行う方法。

 2つ目が精力を分け与える方法。


 どちらもDNAを女性に送り込む行為で精力が女性に貯められる。その量が一定以上に達し子作りを行うと子供が出来るのである。


 2の方法で作った子供は種族が上書きされサキュバス族となる。


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