第九十七話 蛟の箱


 寺院の蔵を整理している際に見付かった細長い箱。


 箱は掛け軸などの箱とほぼ同じ大きさだが、古い和紙と新聞紙で厳重に包まれていた。


 確認の為僧侶が箱を開けようとした時、住職が物凄い剣幕でそれを制止──その後、寺の僧侶を集めた住職は『箱』についての説明をすることになる。

 この箱を開けてはならない。これは古い呪物なのだ──住職は静かに語り始めた。



 寺の文献では、江戸の頃【みずち】を利用した邪法を編み出した者が居たと書かれている。


 【みずち】とは龍の幼態とおぼしきもの。それを捕らえミイラにした後、呪物の依代にしたものと当時の文献に記されている。


 『蛟の箱』は水を求め嵐を呼ぶ。最初にこれを使ったのは、とある藩主争いの時だった。

 結果、藩内は洪水に襲われた。領主は幕府から水害対策の不手際を叱責され切腹。追い落とそうとした相手方も洪水で一族の血が跡絶えた。


 残された呪物は転々としたが、その都度被害が出る。そこで当時徳の高いと言われた住職の祖先が、霊山に籠り十年以上を掛け封印したのだという。


「これは木箱を開かぬようににかわで固め、更に油紙と経文の書かれた和紙を幾重にも巻き付けたもの。そこまでしなければ封じられなかったのだ」


 既に呪詛と化した【蛟】を放てばどれ程の被害が出るか判らない。だから封じるしかないのだそうだ。


 そんな危険なものが何故蔵の中に、という僧侶の疑問に住職は困ったように答えた。


「これは人が近くに居ると鳴くのだ。昼はともかく、夜は五月蝿くて迷惑になる」


 だからこそ蔵の中で他の品々に埋もれさせて紛れさせている……住職はそう念を押した。



 その箱は住職が新たに購入した金庫に入れられ、今も蔵の中に眠っている……。


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