第九十八話 記憶


 かつて、その高台には鎮守の社があった。


 今では新たな社に移築され、御神体と共に人々と触れ合いの多い地へ……そこで役目を果たすことになったのだ。


 そして高台に残された社は、解体を惜しむ住人達の願いで未だ形を保っていた……。



 そんな古い社の跡地──実は花火を見る穴場。それを知っている者は自然と高台に集まり、大輪の火花を楽しむのが恒例だった。



 その年は特に多くの人が集まり花火を楽しんでいたが、一つ変化が起こる……。

 何処からか祭り囃子が聴こえてきたのだ。


 奇妙な出来事に少し警戒をする人々。しかし……やがて社跡地周辺に起こった変化に、人々は過去の記憶を呼び起こし始める。



 高台にはいつの間にか祭りの屋台が立ち並び、階段にはズラリと提灯が連なっていた。

 更に灯籠には明かりが灯り、太鼓や笛を演奏する人々まで現れた。


 そんな光景の中、五十代の女性が声を上げる。


「あれ……若い頃の私よ!お父さんとお母さんも居る!」


 それを皮切りに、住人達から次々に声が上がり始めた。


「おい!太鼓叩いてんの俺だよ……若けぇな」

「あの屋台のオジさん、懐かしいわ。今でも元気かしら……」

「ホラ……あれ、お前のお爺ちゃんだぞ?初めて見ただろ……?」


 それは社が移転する前の……当時の祭りの光景だった。


 しばらく続いたそんな光景は、花火が終わると共に薄れて消えてしまった……。



「きっとここの社が覚えていたのね……。皆が集まったから見せてくれたのよ、きっと……」


 そう語る女性の言葉で、不思議と皆の怖いという気持ちは消えていた……。



 次の年にはもうその光景は見られなかったが、微かな祭り囃子だけは毎年聴こえるそうだ。


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