公子ちゃんはほんとうにようしゃなく
ギャル系の三人はぼうぜんとしてこっちを見てるだけだ。動く気配は、ない。いつものおしゃれがうそみたいに口あけて……ヘンな話だけど、あいつらもあたしやえーちゃんやるかとおなじ小学五年生なんだな、って、思った。
公子ちゃんがあいかわらずの決死の顔して、サエキをまっすぐ見つめている。もういちど大きくふりかぶって、泥だんごを、もう一発。
「……てめえもゴミムシなんだよっ、なんだよ底辺に味方しやがって、裏切り者、てめえが
ようしゃない投げかたで公子ちゃんの泥だんごが、もう一発。
「――そうなんです、わたしその話も聞きたくって、」
声だけがおだやかなまんまなのが逆に、こわい。
公子ちゃん泥だんごもういっぱつ。……っていうかもうそろそろにぎってる泥だんごがなくなりそうだ。
あたしはそろそろーってしゃがみこむと、せっせ、せっせと泥だんごにぎりはじめた。なんかおばあちゃんがおにぎり結んでるみたい。
「わたしが援助交際をしてるとかいう噂があるらしいですけど、なんでそんな噂を流すんですか?」
「ハァ? べつに流してるわけじゃねえーっし。てめぇがウリやってっから売女っつってるだけじゃんよ、ヤリマン!」
「……はぁ……」
公子ちゃんの本気のため息をあたしははじめて聞いたかもしれない。
泥だんごをつくるためにしゃがみこんでるあたしは、公子ちゃんの腰のあたりをちょんちょんとつついた。公子ちゃんが気がつくと、ニッ、とあたしは笑ってセイゾウずみの泥だんごをわたす。
公子ちゃんも、にっ、て前歯をのぞかせて笑った。……きれいで白い歯だ。
そしてあたしのつくった泥だんごをサエキに投げる。
「……わたしは、人間じゃないですから、べつになにを言われたところで耐えます、けれど」
あたしがわたす。公子ちゃんが投げる。
「そうは思ってますけど、援助交際の疑いはさすがにやりすぎです」
サエキがカッとした。勢いよく立ち上がって、犬歯むきだしにして公子ちゃんにくってかかる。
「てめえ、そうやってエンコーするヤツ見下してるわけ?」
公子ちゃんは、答えない。
肯定はしないけど、否定も、しない。
そして、サエキにせまられて、こんどは、抵抗、しない。
……あたしの泥だんごも必要がなさそうなくらいに、公子ちゃんは、ただ、うしろにあとずさって冷たい顔でサエキのこうげきをさけていくだけ。
「……夢のために、」
サエキは半分泣いてるみたいだった。
「夢のためにエンコーせざるをえないヤツらのことそうやってバカにしてるわけ!?」
公子ちゃんはさっきとおんなじため息を、もういちどついた。
「……やっぱり、援助交際をしているのは、斉之さんのほうだったのですか」
えっ、と声を上げたのは――ルリとリンのほうだった。
高橋加奈世だけは泥まみれのままなんも言わない。
あたしも、なんも、言えない。
……そしてサエキは否定しない。
「――おま、え、そうゆう根も葉もないことゆうなよ! ヤリマン! ブス! ブース……!」
もちろん公子ちゃんがブスなわけない。サエキもべつにブスではないけど、……公子ちゃんにはかなわないってわからないもんなのかな。
「そんなに、言うの、……おかしいなって。思ってたんです。……きっとご自身のほうにやましいことがあるのかな、って」
公子ちゃんは――いまになって、しおれはじめた。
あたしが、犬耳の両耳、ぺちゃんってしてあげたときみたいに。
「そうでなければわたしがそういうことしてるのかなって発想、出てこない、ですよね……」
「ハァ!? ほんと、ほんと、ほんっと、マジ、てめえの言ってることって、おかしいよ、頭おかしい、狂ってる!」
サエキはさけぶと、両手のこぶしをにぎって、はあ、はあ、ってあらく呼吸をしていた。
「……ねえ。どうしてなのですか?」
公子ちゃんはすっかりしおれている。
「わたしなんて……人間じゃ、ないのですよ。あの。そういうのって学校のかたにはわからないとは思いますけど……わたしは、人間じゃないんです。べつに、わたしのことを敵視する必要なんて……ないんですよ、人間のひとたちは、人間のひとたちで楽しくやってればいいじゃないですか……」
「じゃあなんでてめえが花代のお気に入りなんだよっ!」
「……え? 花代先生ですか……?」
「しらばっくれんじゃねえよ! てめえばっかり、てめえばっかり、てめえばっかりが花代にかわいがられてよ……てめえのあんっなクソつまんねえ絵がよお! なんで賞に選ばれるわけ? なんで花代にほめられるわけ? なんでだよ!? なんかキッタネエ手ぇ使ったんだろ、エンコーといっしょだよっ、てめえなんかエンコーといっしょだ……! そうさ、ハハッ、私の仲間だよ、もっとひどい……!」
「……なんの、話でしょうか」
公子ちゃんは――冷静だった。
「わたしが……花代先生にお世話になったことと、なにか、関係あるんでしょうか……」
「……あんたさ。マジで、わかってないの?」
発言したのは――高橋加奈世。
高橋加奈世は泥のなかにどっしりしゃがみこんでいて、あごでサエキをさした。
「そいつの、夢だよ。……ウチらはそれをかばおうとした」
「……え?」
「そいつさ、画家になるのが、夢なの」
公子ちゃんはサエキをまっしょうめんから見つめた。
サエキはもうつかみかかる気力もないようで、立ったまま、公子ちゃんをにらんで泣いていた。
「絵、うまいっしょ。そいつ。知ってる?」
「……はい。美術の時間がありますので」
「ははっ、そりゃそうだーあ。……四年になってさ、クラブはじまんじゃん。そんとき、アカネは、ぜってえイラスト美術クラブ入るっつって――アカネさあ、アートとかにも詳しいんだわ。そんで顧問の花代のことネットで検索かけたら、なんだっけ、チューショーガ? とかで、めっちゃいい絵ぇ描いてたって、アカネおおさわぎだったんだわ」
「……はあ」
「そんでアカネはマネした絵を描いて、イラスト美術クラブの体験に持ってったわけ。……そんときおまえもいたはずだぞ。覚えてっか」
「……イラスト美術クラブに、体験に行ったことは」
「ハハッ。その程度かい。ウケんな。……そんでそこでアカネが見せるわけじゃん。けどハナシロの反応ビミョーでさ。体験のやつらが絵ぇ描いてたから、だれのまねすればいいですか、なんてな、シュショーだろぉ? ……べつに本気でマネしたかったわけじゃねえよ。アカネは、くやしかったんだ」
「……はい」
「そんときにてめえの絵がいいってハナシロは言った」
高橋加奈世は――にくにくしげに。
「てめえが覚えてなくてもなんでも、それでアカネはキズついたんだよ。……アカネの才能だってそこでつぶれちまったかもしれねえ、けどアカネはあきらめなかったんだ! ぜってえすっげえ絵を描いて、六年になった瞬間ハナシロを見返すってがんばって絵を描いてる……アカネん家さぁ、下の兄弟いっぱいいてさぁ、大変なんだけどさぁ、画材だって、そろえようとしてんだよ、アカネさぁ、がんばって……」
「――そのがんばりというのがもしや援助交際ではないですよね」
だれも、なにも、言わなかった。
……え? ……サエキが……?
公子ちゃん、また、ため息。
「……違う」
サエキはふるえた声で言う。
「……あたしは、やろうかなって、思った、だけ。まだ、ウッてないよ、あたし、まだ、処女だもん、処女だから……」
「……そうですか。それならすこし、安心しました……けど。――画材をそろえたところでなんにもなりませんよ?」
公子ちゃんは――ようしゃなく。
ほんとうに、ようしゃなく。
「斉之さんの絵、というのは、クラス単位で壁にかざってあるものしか、知りませんが……それらを見ただけでもまず、基礎デッサンの段階もふんでないのだな、とわかります。先日の風景画は、二点透視をやりたかったのでしょうが、まだ早いです、もっと遠近感をつかんだあとでないと……。あと、わたしもそんなには言えないですが、パースが狂って……というより、存在しないですよね。そのあたりの基礎力の差はきちんとわかってらっしゃるのですか」
「……え……」
「それに、独創的な絵というのは、はちゃめちゃなわけではないのです……斉之さんはピカソがお好きと美術の時間におっしゃってましたけど、ピカソがああいった独特の画風になるまでの時代、ふつうにとても上手でふつうの絵を描いてたってこと、知ってますか。……斉之さんは、独創的になりたいだけなんです。そして基礎がなければ独創的にはならない――それこそ花代先生の教えでしたけど」
「――わっ、私はただ、花代先生の真似をして――!」
「だから、じゃないですか」
……公子ちゃんは、ちょっとだけ、苦しそうに――。
「あなたは花代先生になろうとした。だから、だめだったんじゃないですか」
「……へっ……」
「……あと、ついでに、もうひとつだけ言ってもいいですか。ほんとうは犬のわたしがこんなことまで言うのは差し出がましいんですけど、なんででしょうね、……いま、わたしは、すごく言いたい」
公子ちゃんは――とてもこわくてぎらぎらとした目でサエキをまっすぐ見た。……それだけでたおれてしまいそうな、視線で。
「ウリだの、売女だの、ヤリマンだの……そんな言葉をわめきちらすセンスが、アートをうむとは、思えませんけど。……あくまでわたしの個人的な意見ですけど」
もう、だれも、しゃべらない。
なにも、だれも、言わない。
ただ、サエキは、しゃがみこんで、ちっちゃな子みたいに泣きはじめた。
公子ちゃんだけが首を軽く振って髪の毛をととのえた。
……どうしよう、どうしようって、あたしも……。
タッタッタ……と、足音が近づいてきた。……だれかがようすを見に来たのかな。
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