そしてあらわる公子ちゃん
公子ちゃんはまったくおそれるようすがない。にこにこ、にこにこしてる、いつもみたいに、ううん――いつもよりも、もっと。
……犬のコロちゃんのカンジなんか、いまの公子ちゃんには、どこにもなくて。
泥だんごをいくつも足もとに用意して、もうひとつにぎっている公子ちゃんは――なんだかラスボスみたいだった。……泥だんご、なんかめっちゃツヤツヤしてるし。公子ちゃん、泥だんごにぎるのそんなにうまかったんだ?
あたしたちはそろって呆然としていた。あたしなんか、泥にしりもちついてるっていうのに。
公子ちゃんははりつかせたようなかんぺき笑顔の隣のこぶしで、泥だんごをもっている。
「……質問に答えていただけますか? ゴミムシっていうのはいったい具体的になにを意味するんですか?」
「……でーたー、キチガイハメ子。ゴミムシの友だちにはお似合いぃー」
ルリがボソッと言って――公子ちゃんは急にこわい顔になって、一歩、二歩、ってふみだしながら泥だんごをようしゃなくルリのカオにぶつけた。
マジで、ようしゃが、なかった。……あたしでさえあっけにとられちゃうくらい。
「――テッメッ! いてぇじゃねえかよ!」
顔を泥だらけにしたルリが公子ちゃんにつかみかかろうとする。でも、公子ちゃんのほうが背が高い。それに――ようしゃがない、公子ちゃんのほうが、ずっと。その証拠に、ルリは公子ちゃんのむなぐらをつかもうとしたけど、公子ちゃんはこぶしを武道のひとみたいににぎって、思いっきりアッパーでルリのあごにくらわせた。……アッパーっていうのは、るかの好きな少年マンガで、あたしも覚えたから……。
ルリはバシャンと泥にしずんだ。
「わたしのことをなんと言おうと、それはそれで、仕方ないのですが。餅崎さんのことは、」
公子ちゃんは、ん、と言葉をのみこんだようだった。そして、言い直す。
「……笑子ちゃんのことは、悪く言わないでくれますか」
「――公子ちゃん、公子ちゃん、公子ちゃん! がんばれ、がんばれ……がんばれっ! こーうこちゃーん、がーんばれーっ……!」
あたしは思わず手をメガホンにしてそう叫んでいた。
公子ちゃんはふしぎそうにこっちを見てたけど、あたしがめちゃくちゃに運動会の応援団みたいに手をふって、公子ちゃんがんばれがんばれって言い続けたら、ニッ、と強キャラみたいなうれしそうな笑顔を、見せてくれた。
この笑顔はナチュラルだなって思った。
公子ちゃん、犬歯をむきだしにして、あごを引いてすこし上目づかいでギラギラした目でギャル系たちをにらむ。
はちゃめちゃに応援しといてナンだけど、あたしはほんとにびっくりしてた。
公子ちゃんは――こんな一面も、あったんだな、って。
……友だちなのに。知らなかったな、って!
「……テッメ、よくもルリを!」
リンがやってきた。だいじょぶ。リンはスタイルばつぐんなせいで、細い。……まぁ天王寺さんも細いといえば細いんだけど。なんつーか、リンはお人形さんみたいなカンジの細さだから。
リンの細い腕を公子ちゃんはようしゃなくつかんだ。
「それを言ったらこちらもよくも笑子ちゃんを、ですが?」
「ゴミムシのことなんかっ――ガフッ!」
リンがヘンな声を出した。そりゃそうだ。……公子ちゃんがひざでそのおなかキックしてる、しかものめりこませてる。
「だからわたしはそれを聞きに来てるんですけど。……ゴミムシってなんのことですか。わたし、さっぱり、わからなくってですね、」
公子ちゃんはリンのキレイなポニーテールの上から二個、泥だんごをくらわせた。
「ただそれを教えてと言うのに暴力をふるってくるのはそちらさまなのですよ? わたしだって、人間のみなさまを好きで傷つけたいわけもないのに。わたしはひとこと質問しに来ただけじゃないですか、ねえ、わたしをあわれんでいただきたいくらいなのですよ、……わたしはほんとうは人間でもないのに」
公子ちゃんはふだんとおなじような愛想のいい声で、でも横顔はふだんよりずっと温度が低くて冷たくて、そうやって、そうやって語りながら、高橋加奈世のほうにずんずん、向かってく。
立ち向かってく。
すごい……。この子には――おそれってものがないんだ。
高橋加奈世はビビってる。すごい。……高橋加奈世が、ビビってる? ありえない。フツー。ありえない……。
けど、そのありえないことが、いま、あたしの目の前で、起こってる、……あたしの友だちによって。
公子ちゃんは高橋加奈世の目の前でピタッと立ち止まった。
公子ちゃんと高橋加奈世の身長は、おんなじくらいだ。背の順ではいつも、いちばんうしろを競い合ってる感じ。
まるで楽しいサプライズプレゼントでもするみたいに、公子ちゃんは、背中の後ろに腕をやってぴょこんとはねた。……その手にはやっぱり、泥だんごがある。
「高橋加奈世さん。教えてくださいますか? ……あなたたちがさきほどから言っているゴミムシっていうのはいったい、なんのことでしょうか? わたし、わからなくって。それが、知りたくって」
「――うっせえな、黙れよキチガイ、ブッ殺すぞ!」
公子ちゃんはようしゃなく高橋加奈世の口に泥だんごを突っ込んだ。――口! 高橋加奈世が手をじたばたさせて反撃しようとするときに、次の泥だんごもようしゃなく口につっこんだ。そしてそのまま、公子ちゃんは、自分のからだごと高橋加奈世におおいかぶさって、ふたりでもろともたおれた。公子ちゃんは上になる。馬乗りになってる。高橋加奈世はもう恐怖ってカンジでただ目を見開いてる。
公子ちゃんは悲しそうな顔をした。
「……ちゃんと、答えてくれないと、悲しいのですよ。わたしが……人間のかたにお願いしてるなんて、そうとうの、ことなのに……」
それ……正気で、ゆってんのかな。
……それにしても、場が静かになった。
ギャル系三人をあっというまにぶちのめしてしまった。ようしゃのなさ――なのだろう。小学校ではいつもなぐりあいのケンカが起こりがちだけど……公子ちゃんほど、ようしゃのないケンカははじめて見たし、ようしゃのなさはきっと小学生というより中学生や、もしかしたら高校生に近いのかもしれない、と――。
そして、もうひとり、いる。
「……斉之茜さん」
公子ちゃんは、そっと立ち上がった。泥がばちゃっとはねた。公子ちゃん、もう、泥だらけ。せっかく、いいワンピース着てたのに。ベージュだから、もう、とりかえしようがないね。
斉之茜はいまもぺろぺろとペロペロキャンディーをなめてる。この事態をどう思ってるのか、外から見てるだけじゃわからない。
公子ちゃんは立ち上がったまま、斉之茜に対して、にこ、って笑った。不敵に。
「ゴミムシって言葉の意味、教えていただけますでしょうか」
斉之茜はちょっとだけ目を上げて、べえー、とまたベロといっしょにキャンディーを出した。
その表情はあきらかに強い憎しみにみちていた。
あたしはあらためてじっくりと斉之茜を観察する。なめまわすように、じっくり、じっくり。教室なんかよりもっとずっと、じっくり、じっくりって……。
斉之茜はコンクリートのでっぱりに、あいかっわらず男子みたいにおおまたで座って、あたしたちを上目づかいでにらんでる。
ちょっと、ヘビに似てると思った。
あたしはなんかサエキがちゃんと女子なんだなあってふしぎとはじめてそう思った。
斉之茜は男子みたいなカッコしてるくせに、ふしぎとちゃんと女子に見える。るかにいちど、うちのクラスのサキエって男っぽいってゆったら、ああいうのは男っぽいじゃなくってチュウセイテキって言うんだ、って言ってた。チュウセイテキ。中性、と書くらしい。
黒い髪の毛を男の子みたいに耳のあたりでバッサリ。デニムのサロペットを着てる。サロペットなんてふつうダサいのに、サエキはなんか似合う。下に着てるセーターが痛いくらいにまっかっかだからかな。あと、声変わりが早くて、しかも無口なうえにぼそぼそしゃべるから余計に女子っぽくない。でも、男子ってほどじゃない。
あと、サエキはめっちゃデカいゴツい十字架のネックレスしてる。教室では見ないから、先生の目の届かないところでコッソリつけてるのかもしれない。
……あたしはいままでサエキのことなんか観察しようなんてまったく思わなかった。
ただ、えーちゃんとるかと悪口を言い合うときに、サエキがきょうもオトコオンナでさーとか、言うくらいだった。
べつに、なにも、キョーミなかった。あたしたちはギャル系の悪口を言う。たしかに、そりゃそうだよ。
けど、そんなの、そういうもんじゃん。
あたしたちが学校で悪口を言い合うのなんて、そんなもんじゃん。……どうせギャル系のほうがあたしたちのことヒドく言ってんだからさ、って。ゴミムシとか、なんとか、……あたしたちが言い返せないからてさ、ズルイよ。
だからあたしにはサエキも含むギャル系のやつらの悪口を言う資格がある――ずっと、あたし、そう思ってた。
サエキが女子に見えるなんて、いま、気づいた。
オトコオンナだって、女――そんなことゆってやったらサエキは、この子は、どんなカオすんだろ。
怒るかな。悲しそうにするかな。笑うかな。
……ここまでの観察、はい、十秒いかないですっ。
あたしは、立ち上がった。バンバンって、おおげさなしぐさで泥をはらう。
サエキはピンク色のペロペロキャンディーで、あたしを指さした。ギッ、と歯を食いしばってる。怒ってる。それなのに同時に、泣きそうでもある。……なぜ?
「おいゴミムシ。花代を返せよ。おまえなにしたんだよ、底辺になんもできるわけねえって見くびってたわ。そこは認めてやるから鈴生になにしたんか、いまの居場所も、吐けよ。ゴミムシ」
そういえば。あたしは、気づいた。
この場で、サエキだけが、まだ泥をかぶってなくてクリーンなのだ。
そして――サエキの顔にも、泥だんごが、ぶちまけられた。
公子ちゃんは泥だんごを投げたままの手で、下げていなかった。マジで怒ったカオしてサエキをまっすぐ見つめていた。やっぱ、キレてるんだよね、これ。……味方だからいいけど、敵だったらチビっちゃいそうなこわさ。
いつもはおだやかなひとが怒るとこわいって、お姉ちゃんがそう言ってもあたしあまり信じてなかったけど、マジなんだな、お姉ちゃんごめんってちょっとだけ思った。
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