りんごほっぺはギャル系に挑む
校舎裏はいつでもどくとくだ。だいたいどこも明るい小学校のなかで、ここだけが暗くてじめっとしてる。雑草も、校庭に生えているものよりもずっとドロまみれで、ドロ以外にもキタナイ気がして、校舎裏の掃除当番がまわってくるとみんなぶつくさ文句を言う。焼却炉があるのも不人気の理由のひとつだ。焼却炉っていうのはでっかい金属の箱で、あたしたちはもう使うことはない。ゴミはゴミの車が持って行ってくれるからだ。むかし、まだあたしたちが生まれていなかったころの小学校では、ここでゴミを燃やしていたんだって。ユーレイも出るとかってさわいだのは、でも、あれはもう低学年のころのことだ。
あたしは校舎裏に来るのはほんとうにひさしぶりだった。校舎裏の掃除当番は、五年生は三組が担当だからだ。それ以外でここに来ることは、あたしはまず、ない。ヤバい六年がたむろってるとか、中学生が抜け出してきてタバコをすってるとか、先生たちがフリンしてるとか、そういうウワサしかないとこだった。……あとは、呼び出される場所なんだ、って。
とにかく、そういう、ヤバい場所。
あたしがひとりで来ると、ギャル系たちはすでにいた。焼却炉を中心にしたコンクリのでっぱったところにすわって、なんも言わずにじっとこっちを見てた。斉之茜と、高橋加奈世と、あとリンとルリって呼ばれてるふたり。あたしたちもこっそりリンルリって呼んでる。リンとルリは、家族じゃないんだけど、いとこかなんかで親戚らしい。たしかに、なんかふんいきが似てる。どっちもギャル系だけど。
その、四人。みんな、動物園のライオンみたいに、じいーっとあたしを見上げてる。
たとえ、おなじ、動物だとしても、……公子ちゃんとは種類が違う。
サエキが、白くて細い棒をくわえてて、タバコ!? って思ったけど、違ったみたいだった。んぺ、って吐き出すみたいにベロといっしょに見せたのは、おもちゃみたいなでっかいピンク色のペロペロキャンディーだった。
サエキが、ゆっくり立ち上がった。ユラッ、ってカンジで。少年漫画の敵役みたいに。
最初に口を開いたのは、意外なことにリンだった。
「つーかちゃんとひとりで来たんだね」
「つか、来れるんだね。えらいえらい。てっきり田内と村瀬とつるんで来るかと思ったわ」
そう続けるのはルリだった。
あたしはふたりとちゃんとしゃべるのははじめてだ。ちゃんと、っていうのは、掃除当番とか日直とか授業とかあとプリントまわすときに「はい」とか「これ」とかいう単語のやりとりじゃなくて、ちゃんと中身ある会話、ってコト。
ギャル系は――こわい。だって、ギャル系は、あたしたちの上の地味系の、その上のふつう系の、そのもーっとずーっと上のひとたち。
けど――あたしはこぶしをぎゅっとにぎって、声がふるえても、ちゃんとゆおうって、思った。
「……だって。ひとりで来い、ってゆったん、そっちじゃん」
へえ、とリンとルリが顔を見合わせて笑った。
サエキはまたんぐってペロペロキャンディーを突っ込むと、なめはじめてしまった。……ってことは、話を直接するのは――高橋加奈世、か。
高橋加奈世はコンクリに座ってるのに足を組んでいる。……あいかわらずスタイルは、いい。読モになりたいってゆってるだけは、あるな、って。……見た目はキレイなんだよね、マジで。
「ねえ。アンタさ、正直に答えてよね」
あたしははじめて高橋加奈世に言葉を投げかけられた。
「ウソついたらひどいからねあんた」
「……うん。わかった」
「あぁ、わかったね。アタシもさぁ。べつにこんなんしたくもないワケよ。わかる? なんか、こういうのってさ、不平等じゃん。つって、わかる? クラスにだって格差あんでしょ。アンタみたいなのはアタシとしてもほっといてやりたいワケ、つかふつーキョーミもないし。ねえ?」
「……まぁ」
あたしはけっこう意外だった。……あのアクヒョー高い高橋加奈世が、わりとまともなことゆってる。
「そんなのに、アンタ、呼び出されてるって、こりゃヤベえっていくらなんでもわかるっしょ? 見当つく? 言ってみ?」
「それだって、そっちが、ゆってたじゃん。……花ちゃんセンセーのことでしょ」
「そっ、そー。なんだアンタあんがいものわかりいいんじゃん。田内と村瀬とばーっかつるんでたからただのキモいアホだと思ってたわ、誤解しててごめんなさーい」
高橋加奈世のすっげえ棒読み。あはは、と顔が笑ってないのにリンとルリが声だけで笑う。
ばかにされてるくらいあたしにだってわかった。
あぁ、ほっぺが、あっつい。あたしのほっぺはいまきっとまっかっかだ――ハズい。
あたし、でも、あぁ、だめだ、あたし。
ショードーテキにならないんだから――。
「……で? 花ちゃんセンセーがやめたことが、なにか、にこにカンケーあるワケ?」
「もうネタはバレてんだよぉ!」
ルリがどなった。そして立ち上がって、一気にこっちに向かってきて、あたしはなんか言うひまもなくルリにむなぐらをつかまれた。マンガみたいに。でも、ここは、マンガじゃない。……現実だ。
「テメェ、しらばっくれやがって、よくそのツラぁ見せられたなァ、のこのこと、きのうてめぇがハナシロと車に乗ってったことはもう情報ワレてんだよ! ウチらの情報力なめんな? 四年の手下ども使やあそんなんイッパツでわかんだよ!」
……苦しい。むなぐら、つかまれてると。それに、こわい。このまま、ドロに、たたき落とされそうで。
リンが腕を組みながら近づいてきた。
「アンタがなんかしたんっしょ。ハナシロにさ。アンタさ、ハナシロに、花ちゃん花ちゃぁんとか言って幼稚園児みたいにまとわりついてさ、キモかったよな、マザコンかよ、ハナコンじゃん」
あはは……。
高橋加奈世もそばに来た。あたしの脚を、ザッ、ってけった。そしてあたしの耳もとでワザとなまあたたかい息で言う。
「べつにアンタのこととかどうっでもいいんだけどさぁ。……アカネの希望的な将来のためには、必要だったんだわ、ハナシロが」
ぐらつく視界で見れば、当のサエキだけが、まだコンクリに座ってぺろぺろぺろぺろってペロペロキャンディーをなめている。
「アンタあの子の才能とか知らないっしょ。理解できるとこも思えねえけど」
あ。……あれ?
「ハナシロは美大出てて、アイツに取り入ればアカネの将来アンタイだったワケ。それをおまえがふみつぶしやがって。おい、ハナシロを呼び戻せよ――」
あたしはたえきれず言ってしまった。
「……斉之さんが才能あるかどうかは、あたしはわかんないけど、それを言ったら、天王寺さんのほうが、ずっと、あるよ」
「おーいアカネ。コイツ、アカネよりも天王寺さんのほうが才能あるとかねぼけたこと言ってやがるけどー」
サエキはふるふると首を横にふった。……ペロペロキャンディー、まだ、なめてるよ。
高橋加奈世があたしをギチッとにらんだ。
「ウソついたらひどいってゆったっしょ?」
「ウソじゃないもん。こないだ、公子ちゃん、市の賞とってたじゃんっ」
「……あれはセンコーの言ったとおりのイイコちゃんの絵だから、ヒイキで選ばれただけだろうがよ」
「ちがうっ。公子ちゃんの才能は、ホンモノだっ。そんなの花ちゃんセンセーだってわかってたもん。あたしにはよくわかんなかったかもしれない、けど花ちゃんセンセーにはっ――」
ガッ。
おなかに、ガンッ、ってきた。……けられたんだ、と思ったときには、あたしはドロに落ちてた。
「はいよ、カナちゃん」
あたしをけったのはルリだったらしい。
あたしを高みから見下ろして高橋加奈世が言う。
「おい、餅崎。それ以上天王寺ハメ子のこと言ったらブチ殺すぞ」
「……てんのうじ、はめこ?」
「だれにでもハメさせっから、ハメ子なんだよ。アイツぜってえウリやってる。アタシらにはわかる」
「……なにを言ってんのかにこにはわかんないけど、公子ちゃんはめっちゃいい子でふつうにふつうの子なんだからっ!」
「てめぇみてえなゴミムシにはわからねえかもしれねえけどよ――」
そのときだった、――バシャン、と大きな音がした。
「だれだっ!?」
ルリがきょろきょろする。あたしは、焼却炉を見てた。そこに泥だんごがぐしゃってつぶれて乗ってた。……だれかが、泥だんごを、ちからいっぱい、投げつけたんだ。それもけっこう強い力で――
「……ゴミムシ、って、なんでしょう?」
場違いな、のんびりとした声がした。
りん、とした、声がした。
「ゴミムシって、だれのことでしょうか。……教えていただけませんか。ここには、人間のかたしかいらっしゃらないはずなのですが」
焼却炉ゾーンの、入り口で。
泥だんごを、手にして。
にこっ、とやっぱり場違いに笑ってたのは。
――公子ちゃん。
天王寺公子ちゃん――だった。
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