りんごほっぺは校舎裏に呼び出される

 ザワザワって、バタバタって、落ち着きのない午前中だった。きょうは水曜だから、午前の授業は、算数、国語、体育、家庭科だった。あとは午後は社会をちょこっとやって、クラブの時間。水曜は大好きな曜日。午前中の算数と国語を乗り切っちゃえばもうあとは休み時間とおんなじカンジで、給食の時間からなんだか放課後ムード。だからふだんなら掃除がはじまったこの時間はみんなふだんよりもひとつずつうるさくってひとつずつはしゃいでる、……そのはずだったんだ。

 きょうはなんていうかおそうしきムード。いつもなら、ホウキをシャカシャカ動かして、ボーカル! とか、エクスカリバー! とかはしゃぐ男子たちも、しゃっしゃっておとなしく掃除してる。


 いろんな意味で――落ち着きのない午前中だった。

 こういう事件のときにいちばんさわぐはずのギャル系は妙にシンと静かで……サエキも含めて。だから、そのぶんを、ふつう系とか地味系とか男子とかあたしたちが、しかたなくさわいでるってカンジだった。……うーん、伝わるかな、このヘンな感覚。

 公子ちゃんだけがこの教室でいつもどおりなようにあたしには見えた――。

 あたしは廊下でほうきをやってた。えーちゃんと組んでる。えーちゃんはちりとりをすっすってあたしに合わせて引いていってくれる。ちなみにるかは廊下の水道をスポンジとたわしでこすっている。あたしたち三人はだいたいセットだ。おしゃべりもするけど、おおむねまじめに掃除もするから。

 べつにあたしたちになんかあったわけじゃないんだけど、あたしたちもおそうしきムードに合わせてきょうはムダなおしゃべりしてなかった。一組と三組の廊下掃除係はいつもどおりきゃあきゃあしてて、ときどきふしんそうな視線をこっちに送ってきた。一組と三組にも、花ちゃんセンセーが先生をやめるという話はもちろん担任の先生からされているはずだ。でも……なんかヘンなことになったのは、あたしたちのクラスだけだと思う、というか――公子ちゃん、サエキ、そしてあたしという、ホントなら関わるはずもなかった人物たちが、今回、やけにテンパっている様子で。……あたしのことにクラスのみんなが気づいているのかどうかは、わからんけれどさ。


「ねぇ、りんご、りんご」


 えーちゃんがひそひそ話するみたいに言う。ま、この声ならるかにも聞こえてるだろうけどさ。


「きのうさ……なにがあったん?」

「なにが?」


 あたしはなんでもないことをよそおうとして、ほうきに力を入れた。けど力が強く入りすぎちゃって、ゴミがぶわっと飛んでしまう。あたしはあわててほうきでかき集める。やっぱ、ごまかせないや、こういうの。……ショードーテキなあたしにしてはめっちゃくちゃがんばったと思うけど。

 えーちゃんは困ったように顔をしかめる。


「え、だってさ、きのうさ、花ちゃんセンセーにラチられてたじゃん……なんかあったんでしょ。天王寺さんと」

「やめやめ、栄。駄目だよ、そいつ」

 いきなりるかにすごい勢いでどなられて、あたしはビクッとした。

 るかは、あたしに、水道のキタナイ水をたっぷり吸ったスポンジを、投げつけてきた。重たいスポンジはあたしにちょくげきはしないで、べちゃんと床に落ちたけど、けど、それだからって――笑ってすませられるはずもない。


「そいつ、天王寺さんにずっとおネツだもん! 二学期はじまってからさ。おかしいんだよ。レズだよ、レズ!」

「――あたしと公子ちゃんはそんなんじゃないっ」

「ほれ、ほーれほれほれ! こうこちゃん、だってよ。うわー、アツいー、ヤケますなー。レーズ。この、レーズ!」


 るかがはやしたてる。

 あたしはカッとなった。

 ほうきをぶんまわして、るかの腰にぶつけた。


「――いったいなあ!」

「るかが先にスポンジ投げてきたんでしょ!」

「……ま、まあまあまあまあ、おふたりさん、そのあたりで……」

「りんごが天王寺公子にベタぼれでキモいのがいけないんじゃん! キモい! レーズ、キモっ!」

「はぁ!? んなこと言ったらるかなんてホモ大好きじゃん! ホモ! オタク!」

「私がホモなわけじゃあーりーまーせーんーっ!」

「……あ、あの、私、先生呼んでくるね。いい? ま、いいよね、いいですよね、だってケンカなんてたーいへん……そんじゃっ、私職員室行くからね、バイッ」


 あたしたちはえーちゃんのことなんかほったらかしだった。

 だから――あたしたちがつかみかかることを止めたのは、なにも、えーちゃんのおかげではなかった。


「餅崎笑子」


 どすがきいていながら、よくひびく声。

 一組がわの掃除の時間を堂々ととおりぬけて、腕を組んで立ってる、四人。


「美術のハナシロについて、話があんだけど。昼休み、校舎裏に来い。焼却炉のジメッとしたとこで待ってっから。ぜってえ来いよ」


 あたしに上から目線で堂々と命令してくるのは――。

 まさか、まさかの、ギャル系のリーダー、高橋たかはし加奈世かなよだった。カナちゃんって呼ばれてる。あたしたちはフルネームで呼んじゃうけど。けど、面と向かっては高橋さんって言う。高橋加奈世は――クラスのだれにも呼び捨てにされることが、ない。

 そして、堂々とあたしに命令してくる陰で、ひっそりと、でもいちばんギラギラとあたしをにらみつけてるのは――やはりというかなんというか、斉之さいのあかねなのだった。

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