そして、翌朝、りんごほっぺはハートを赤色にそめる

 次の日。

 ガッコーに行くと、あんのじょー、えーちゃんがすっげえ勢いであたしに迫ってきた。あたし、教室の扉ガラガラって開けて、すぐえーちゃんに気づかれて、あたしは自分の席に行くまもなくえーちゃんに教室の入り口の棚のところにドカンって押しつけられる。びっくりしたけど、えーちゃんに悪意はない。それほどいっぱいいっぱいな顔をしてた。


「りんご、りんご、きのうあのあとどしたん!?」


 クラスのみんなはそんなに知らない。

 けど、えーちゃんとるかだけは、あたしがきのうの放課後花ちゃんセンセーにラチられたことを、知ってる。なぜなら、あたしはまさかまさかの校門前で花ちゃんセンセーと待ち合わせしたからだ。ホントはひとりで行くつもりだったから、トイレいくからって、えーちゃんとるかには先に帰っててもらおうと思ったんだけど、まぁこの三人はいつメンだし、そーゆーわけにもいかなかった。つか、あたしもぶっちゃけ、「待ってる」ってふたりに言ってもらって安心しちゃったとこ、あった。これでふたりがあっけなくうなずいてたら、それはそれで――あたしはひとりのトイレの個室でナプキンかえる時間をムダにかけなきゃいけなくって、たいへんだった。

 きのうも、きょうも、セーリなのは本当だ。九月に最初のがきたから、三回め。けど、えーちゃんとるかには言ってない。そういえばふたりがどうなのかも聞いてない。夏のプールの授業で、ふたりともセーリで休むことなかったから、あんときはまだだったんだろうけど、そのあとは、どうだろう、わかんない。えーちゃんはガリだしるかはデブだし、そういうのって、カンケーあるのかな。

 まあ、とにかくそれで、ふたりとはいっしょに校門をくぐったから、花ちゃんセンセーにあたしがラチられるとこも見てた。えーちゃんはなんかガチで心配してて、「どこ行くんですか」って珍しくまじめに花ちゃんセンセーに聞きまくってくれた。るかはめっちゃ不機嫌そうだった。むっつりして、そっぽ向いて、なんも言わなかった。

 花ちゃんセンセーはあいまいに笑うだけで答えなかったし、あたしのこと、アセった感じで車に突っ込んだ。その勢いにあたしだって一瞬、え、花ちゃんセンセーってヤバい組織の人間だったり、誘拐犯だったり、ロリコンじゃないよね? って、思っちゃったほどだ。

 それだからえーちゃんはめっちゃ心配してくれてたはずだ。


「めっちゃ、心配したんよ!? りんごの家に電話かけようかと思ったくらい。でも遅いからやめとけって、あにぃに止められちゃったんよ」


 世紀末をこえて、ミレニアムもこえて、もう二千年代で。中学生や高校生はケータイを持つ世の中になったっぽいけど、小学生だと持ってる子はまず見ない。あたしたちは連絡網の電話番号をたよりに、家に帰った友達と連絡をとる。家の電話だし、お互い家のひとがうるさいから、そんなに長電話もできない。十分もしたら、怒られちゃう。お姉ちゃんもケータイ持つ前にはそうやってよく怒られてた。

 あたしはおおげさにおばさんみたいに手を横にぶんぶんふって、笑った。


「やっ、電話するほどじゃないから。ホント。たいしたこと、なかったし」

「え、でもさ、花ちゃんセンセーなんも言わんかったじゃん。どこいくとか、なにするとか……りんごあのあとどうしたん? なにしたん?」

「えーちゃんえーちゃん、声おっきいって」


 えーちゃんがあまりの勢いで声もでかくなっちゃってるから、ギャル系たちが静かになってる。あたしはチラッとギャル系のようすを確認する。べつにえーちゃんの声にビビってるとかエンリョしてるとかじゃない。えーちゃんの話、聴いてるんだ。じっと。ひややかに。理科で観察するみたいに。

 なのに、えーちゃんは。


「そりゃおっきくなるよ!」


 もっと、おっきな声で。


「りんごのことだよ!? ウチら、親友でしょ!? も、ほんと、すっげー、めっちゃくちゃ、心配したんだから、りんごぉ、ごぶじでよござんしたよぉー……」


 あたしのこと、抱きしめて、おーいおいって……あのー、とりあえずランドセルおろさせてって、そしてしかもギャル系めっちゃバカにして鼻で笑ってるよって、言いたかったし、ふだんならよーしゃなく言ったけど、……なんか言えなかった。

 えーちゃんが、マジだってことは、わかったし。

 ……ハズいのは、ハズいけど。

 あたしはとりあえずえーちゃんから解放してもらって、席について、ランドセルの中身を出して準備をする。なんとなく、すごく、ふだんよりもゆっくりと。八時三分。学校には八時二十分までに来ればいいから、あたしも、えーちゃんも、早い組だ。教室の後ろでたむろって校則違反のガムくちゃくちゃしてるギャル系のやつらも、あの子たちは、なぜかいつも早く来ている。

 るかがふだん来るのは、八時十分過ぎ。いつも、おおげさにあくびをしながら、「いやー。きのう二時間しか眠れなかったわー。チャットしててさー、チャット。ネットの。アンタ小学生なんだから寝なさいーとか中学生のネッ友に突っ込まれるんだけど、まじでホモトークとまらん。リアルじゃ無理だしさー、そういうの」みたいな感じの言い訳を、毎朝、堂々と、教室であたしとえーちゃんにしゃべくる。正直、めっちゃハズい。

 そして、天王寺さん――公子ちゃんは、

 あたしがとってもよく知ってるところによると……。

 ……からからから。

 ――公子ちゃんだ。ちゃんと、人間の……とかゆうのはなんか、おかしな気持ちだけど。

 あたしはいつもふしぎなんだ。どうして、公子ちゃんがドアを開けると、あたしらみたいにガンガラガラランって! そうぞうしい音、しないんだろう。



 公子ちゃんも教室の前っかわのドアから入ってきた。いつもどおりのことだ。きちんとしたカッコ。これもいつものとおり。ランドセルはあたしたちとおなじで真っ赤。だけど公子ちゃんのランドセルはあたしたちのランドセルとはかがやきがまるで違う。公子ちゃんのランドセルにはあたしたちみたいに傷やら汚れやら曲がっているところがない。新品みたいにぴかぴか。服はきょうはベージュのワンピース、ちょっと子どもらしくないけどおとなっぽい公子ちゃんにはよく似合う。それにあたしはもう知っちゃってるんだ、公子ちゃんは地味みたいなカッコしていながら、おなじ週におんなじ服着てくることはありえないんだ、ってコト。

 姿勢もいいし。あたしなんかいつもソファでだらーっとしてるとおかあさんが『えいっ』とかふざけてとびかかってきて、あたしがやーだーとか言ってるうちにほらほらって背筋を伸ばされちゃうのに、公子ちゃんは、その必要もなさそうだ。


 ……まあ、犬だしなあ。なんて。


 教室は、公子ちゃんが入ってきたこのタイミングでシンとした。ギャル系はたぶん観察中だし、ふつう系の子たちは気まずそうに黙ってる。あたしとえーちゃんは、公子ちゃんのことガン見しちゃってるし。ちなみに男子はいまは教室にはいない。男子は、朝の時間から元気に校庭でドッヂしてるか、なぜか図書館にたまってるかの、どちらかだ。

 ふつう系のリーダーっぽい子がいきなりバンザイみたいに両手を上げた。


「あーあ、なんかきょうの教室、朝からいづらっ! ねえ、廊下行かねー?」

「わかるー」「さんせー」


 ふつう系らしいゆるいノリのかけ声とともに、ふつう系たちはそれまでひとつの机の上にせまくひろげてた雑誌やプロフィール帳やミサンガをつくるヒモとかをかき集めて、かかえて、バタバタと教室を出て行った。ちょうど前がわの自分の席にすわっているところだった公子ちゃんはふつう系が出ていくところをふしぎそうにながめてたけど、すぐにていねいに教科書をとりだしはじめた。まるで、いつものように。

 あたしはこのあとの公子ちゃんの動きが予想できてしまう。きっと、いつもどおりなのだ。水色の引き出しをそっと引き出したまま、いちにちぶんの授業の教科書をそこに積み重ねる。そのあときっかり二回、必要なものがあるか、忘れものがないか、点検するみたいにたしかめる。そして、うん、と教室のだれにも気づかれないくらいに小さくうなずくと、ランドセルをかかえてうしろにあるロッカーにしまう。天王寺の「て」だから、ロッカーはまんなかあたりだ。あたしは餅崎の「も」だから、ロッカーのなかでもけっこーはしっこのほう。そんな、キョリカンを、……気にしているのはあたしばっかりなんだろうなあ。

 まあいまは公子ちゃん、席についたばっかだから。そーゆーのは、これからこれから。てか、あたしだってこれからランドセルおろして朝の準備するわけだし。



 なんか、やだな、あたし、恋みたい。



 えーちゃんにひじでつつかれた。


「……りんごぉ、なんかあったんでしょお」


 キョーミシンシンでいながら、なんかちょっと不安そうなえーちゃんの顔が――引き金となって。

 あたしはえーちゃんのうでとか視線とかぜんぶワザとらんぼーにふりほどくと、ダンダンダンと公子ちゃんのそばに歩みよった。ランドセルにさげた給食袋が音を立てて鳴る、ガシャコン、ガシャコン。

 公子ちゃんの座る、机の、真正面で。


「おはよう」


 公子ちゃんは目をぱちくりさせた。

 けど、すぐに、ほほえんだ。……あたしがずっとクラスメイトとして知ってた天王寺さんのその、顔で。


「……おはよう、ございます」

「おはよ、おはよう、――公子ちゃん!」


 言った――言ってしまった――言葉では、いま、はじめて――。

 公子ちゃんはもういちど目をぱちくりさせた。

 そしてこんどは、犬のときみたいに、でもそれにしてはひかえめに、首を、こくりとかたむけた。

 そして――わらった。しょうがないなあ、みたいなナチュラルなカンジで――。


「……おはようございます、……笑子、さん?」

「やっぱりそこは『さん』なんかーいっ」


 あたしはワザとえーちゃんみたいなキャラつくって、手をハリセンっぽくしてつっこむマネをした。

 えへへ、と公子ちゃんがもっとくしゃっと、笑う。

 あたしには、わかる。えーちゃんがこのあと、あたしと公子ちゃんのあいだにわりこんできて……あともーちょいしたらるかが来るから、るかもどすどす不機嫌そうだけど気になっちゃうからやってきて……そんで、あたしたち、四人で……。

 ――四人で?

 あたしはすっごくわくわくしてた。

 いま。あたしのハートはまちがいなく赤色で、どっきどき。


 ……えーちゃんとるかのことは、だいたい、あたしの思ったとおりになった。

 けど――あたしが予想しきれなかったのは、ギャル系、のことだった。

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