りんごほっぺは窓の外を見てる
車の音が、うちのと違う。っていうか、この車、静かすぎて逆にヘン。うちの赤い車なんて、ブオンブオンってうるさい。ガタガタするし。お母さん、運転があらいし。いつもうしろにすわらされるあたしとお姉ちゃんがその場だけはケッタクして、うるさーい! って声合わせてコーギしても、アッハッハって笑うだけだし。それであたしとお姉ちゃん、グチりあうんだ、その場だけはケッタクだから。……だから、うちの車は、そんなくらいに、うるさいのに。
西園さんのっぽい水色のちっちゃな車は、ちっちゃくてちょっとボロっちい感じするのに、意外とスーッて走るし、車なのになめらかだし、カイテキっぽいんだけど、逆になんかちょっと気まずい。ふつうに、どっかの部屋で、この口裂け女みたいなおばさんとふたりって気がしちゃうから。……あたし、なぜか助手席にすわっちゃってるし。気まずいー。
天王寺家は丘のてっぺんにあるから、まずそこから下っていくのが大変。というかそれ以前に、車を出すのが大変そうだった。坂が急なんだよね、道はせまかったし。西園さんの目って前髪にかくれちゃってるんだけど、西園さんからするとちゃんと見えてるみたいで、めっちゃなんどもなんども振り返って、真剣すぎて、あのだいじょうぶですかってあたしが言おうとした直前くらいにスーッて発車した。
丘をくだってくあいだは話しかけないほうがいいかなって思った。余計なお世話かもしれないけど、運転が難しそうだなって思ったから。
運転といえば、お姉ちゃんは、けっきょく免許を取るのかな。……っていうか、あたしも将来、取らなくっちゃいけないのかな。めんどっちいなー。でも、お母さんもお姉ちゃんも言うもんね、免許あったほうが便利よ、って……。
「あの、もち、ざ、きさん」
「はいっ」
っていうか区切るとこヘンだな。それだとあたしが、もちざ、きさん、みたいだよ? ……まぁなんかこのおばさんの発音は変わってるっぽいことはもう気づいてますけどー。
「おうち、は、海、の、方向で、いいの、ですか。あの。さっきも、聞いたんですけど、その。かく、にん、で」
「うん。あたし、団地っ子だもん。だから、公子ちゃんみたいにお金もちじゃないんだー」
「……いえ、いえ」
西園さんは困ったように笑った。ムダにハゲましたりしないところが、このおばさんおとななのにやっぱ変わってる、って思った。センセーたちに「団地っ子」のハナシをすると、そういうことは言わないほうがいいだとか、そういうのはカンケーないんだぞとか、がんばれば大臣にだって博士にだってなれるとか、ふん、無責任なことばっか言っちゃってさ。……だから西園さんはだまっててくれてエラいなって思った、子どもがおとなにエラいなんて思うのなんてレアでキチョーなんだよ?
あたし、ちょっと、ためしてた。いま。この、おばさんのこと。
丘を降りると、車がまあまあ多くなる。この大きな道を下って、左に曲がって、ちょっと行くと、あたしの住む団地。
赤信号で車が停まった。
「あの。ちょっと渋滞、してます。予定、では、十八分でしたが、二十分以上、かかってしまうかもしれません」
「いいよ、いいよ。そのくらい。どうってことないさー」
「え、と。その。餅崎さん、が。よくても。保護者の、かたが」
「だってさっき、サングラスのおばさんがうちに電話してくれてたじゃん。あんなに謝っちゃってさ、うちのお母さんなんてテキトー人間なんだからなんでもかんでもテキトーでいいんだよー。つか、てみやげまでもらっちゃって、ぜったいお母さんワイロ的にカイジューされてるって、だいじょぶだいじょぶ、モーマンタイ!」
「……ふふ。あ、すみません。その。あなたは、難しい言葉を、知ってるのですね」
「えー? そういうんじゃないよ、やだなあ、にこってほめられるとじんましんが出ちゃう」
「ふふふ。……難しい、言葉ですよ。賄賂。懐柔。
「みたいだけど、にこはアニメで知っただけっ」
あたしはぷいとそっぽを向いた。べつに、怒ってるわけじゃないんだけど、……このおばさんやっぱやりづらー、って。でも、それでいて、そんなに嫌な感じじゃなかった。車が渋滞しててくれてよかったな、とか思ってた。
車がまた、走り出した。
「……もちざ、きさん」
「なんです、か」
「餅崎、さんは。……コロさんの、お友だち、なんですか」
「うん。……ってか、にこはぜったいユージョー感じてるから」
「そう、ですか。……びっくり、したんじゃ、ないですか」
「なにに?」
「……その。あの子は。おうちでは、犬ですから」
「あー、そだねー。ま、びっくりしなかったって言ったら、ウソになるけど?」
ドラマの登場人物みたいに、あたしは頭のうしろで手を組んで、ヨユーある登場人物の真似をする。だいたい、こういうヤツが、真犯人なんだよねって、そういう登場人物みたいに。
車が相変わらず静かに走ってく。
西園さんは、ぽつり、って。
「……あの子が、家にお友だちを連れてきたなんて、はじめて、です」
やけに、スラスラ言うじゃんって――突っ込もうかと思ったけど、なんか、やめておいた。
「あの子と、仲よく、してあげてください。……あの子は、かわいそう、なんです」
そっかなあ、とあたしは言おうとして、これも――やめといた。
おとなには、わからないのかもしれない。っていうか、ガッコーじゃない人間には。
公子ちゃんは、家ではとっても、フツーだってこと――。
「……ま、だいじょぶなんじゃないですかねー?」
あたしはわざと子どもらしく無邪気に言うと、頭の腕を組みかえて、すっかり暗くなった道路沿いの景色を見たくもないのに目で追いかけていた。それだけでなんだかちょっと、オトナになった気が、した。
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