りんごほっぺは退屈で困る

 ……ってか、なんであたしがココにいるんだってカンジ。そんな雰囲気。

 やなやつの未来は机に座って平気で宿題してるし、天王寺さんも未来の椅子の下にちょこんと犬ずわりしてる。あたしがなんか話しかけても、うん、とか、ううん、とか、はい、とかしか言わなくなっちゃって、まーつまんないったらありゃしないのよ、あたし。


 ……もうすぐ、五時かあ。


 西園さんっていうあのお手伝いさんのおばさんにも、さっきあたしは、言われてしまったのだ。ちょちょいっと手招きされて、やけにひんやりとした廊下で。フローリングの床はワックスをかけたみたいにツルツルだ。


『気づまり、では。ないですか。……そうですか。それなら、いいのですが、いつでも、いやだったら、帰っていいんですよ』

『なんでそんなこと言うんですかー、なんかにこが嫌がってるみたい』

『いえいえ。そうでは。ないのですが。……はて。そう。たぶん、そうではないのですが。……ヘンなことは、ヘンですから。ここは』

『……っていうか、花ちゃんセンセーたちどうしてるワケー? あたし、センセーといっしょだからきょう帰る時間遅くてもいいって……花ちゃんセンセーに、うちに電話してもらったから……』

『帰る、必要が、ありますか。電話なら、ここでも。お貸しできますが』

『ううん、ううん、だーかーらーそういうことじゃなくてっ。だってもう一時間くらい、いやもっと、もーっとしゃべってるじゃん!』

『ふふ。……おとなの話はそういうもんです』

『そーだけどっ! おとなが話なっがいのは、知ってるけどさー!』

『待て、ませんか。先生を。呼んだほうが、いいですか』


 ――なに、その言い方。あたしが幼稚園の子みたいにさ――。


『待てるー、待てるっ、ぜーんぜん待てるもんねっ』

『そう、ですか。それでしたら、三人で、仲よく待っててくださいね。……正確には、いま、一時間と三分ですから……一時間半には、満たないはずです、……あのかたのことですか、ら』


 なんの話をしてるのかもうあたしにはよくわかんなかったけど、とりあえずあたしは『待つもんねっ』と言って天王寺さんとやなやつ未来のいるこの部屋に、戻った。


 そこまでは、いいんだけど。


 ……ここではあたしだけがもんのすごくひとりだけ場違いだと、思う。

 お菓子もいくらでも食べていいって言われてるけど、お菓子っていうのも意外といくらでもは食べられないんだなってあたしは知った。なんか、喉かわくし、味に飽きる。お母さんがお菓子とか食べようとしないのずっとふしぎだったんだけど、こういうことだったのかな。テレビもある、漫画も本ある、ゲームもある。子どもが楽しいものはいろんなものがある。なんかコンパクトな学校みたい。ただひたすらに遊ぶためだけの学校をかき集めたみたい。

 あたしはそんななかでたったひとりふかふかのカーペットの上でじっと座ってた。

 カチ、カチ、時計の音。シャッシャッシャラッ、天王寺未来が宿題を片づける音。なんかペンの走り具合がやばそうなんですけど。

 天王寺さんは音を発さない――いつのまにかついに拗ねるみたいに犬の伏せみたいなカッコ、してる。

 ……あたしは、することが、ない。

 うーん。どうしたものか。

 このヘンな退屈さに耐えられない――あたしはそう思ったから、「ねぇ未来」と名前を呼んで、すっくと立ち上がった。



 いきなりあたしに名前を呼ばれて未来は驚いたみたいだった。ぽかんとしたあと、床に座るあたしからわざとらしく視線をそらした。


「な、んだよ、なんで呼び捨てにすんだよ」


 あ、ふつうの男子みたいになった。うちの教室にもいるみたいな。

 あたしは勢いよく立ち上がると未来のいすに座った。未来は言う。


「あっ、そこ――」

「なんで。だめなの?」

「……や、そこなら、だれの席でもないし、いいけど、うーんいやまて、でもー、いいのかなぁ……」


 ひとりでぶつぶつ言ってる。あたしは笑った。なんだ、やっぱふつうの男子じゃん。

 あたしは未来の宿題を指さした。未来はささっと両腕で宿題を隠した。


「ね。それ。なにしてんの?」

「宿題だよ」

「へー。見せてよ」

「見ても、わかんないよ」

「なんでえ。あんたも小五なんでしょ」

「小五だけど、進度が違うの」

「シンド?」

「ほら、ムダだから」


 未来は宿題をかたくなに見せようとしない。……むー。

 と、そんなときだった。ちゃりんちゃりん、とかわいらしい鈴の音をさせて、天王寺さんが未来の足もとにやってきたのだ。

 ……天王寺さん、っていうと未来もそうなんだよね。うーん、まぎらわしい……そうだ、いまこのときからあたしのなかだけでは天王寺さんのことをとくべつに公子ちゃんと呼んでしまおう。それがいい。とくべつだ。公子ちゃん、公子ちゃん、公子ちゃん――うん、練習もできた! 本人にだって言いづらいけど――でもあたしのなかだけとくべつでそう呼んじゃおうっ。

 と、いうわけで。

 公子ちゃんがいまもワンちゃんのまねっこして、四つんばいで、ちりちり首輪の音鳴らして、ためらうこともなく未来の脚をなんかいもくりかえし、ひっかいてる。


「んー? なんだよ、コロ」

「……あぅ。餅崎さんに、見せちゃ、だめですか?」

「なんだよ。見せたいのかよ」


 公子ちゃんは照れたようにうなずいた。


「うん。未来さまがやってることって、コロのやってることと違って、いつもとっても難しそうで、すごいから……」


 未来も照れた顔をした。


「そんなにじゃないよ。おれにとってはこのくらいカンタンだし、学校じゃもっと難しいこと平気でやってる。そろそろ中学の範囲の準備もやるんだぜ。まぁ、おれの学校じゃそのくらい当たり前なんだけど、まぁふつうの小学校じゃそんなことにはならないんだろうけど」


 うえー。じまんしいー。


 あたしはゲロゲローって思ったけど、公子ちゃんはもーっと嬉しそうに未来の脚をひっかいてる。……ホント、犬っぽい動きがうまいなぁ、公子ちゃん。学校ではそんなのぜんぜん感じさせないくせにさ……。


「うん。だから、あの、だいじょぶだったら、それを、餅崎さんにも……」

「そんなに見たいー?」


 未来はとくいげにあたしを見た。……えー。あたしが見たいっていうか。なんか。なんだろ……この空気。

 やっぱなんかあたしだけここで場違いじゃん。ふたりとも、あたしのこと見て、あたしのこと中心にしゃべってるのに、なーんかあたしだけ違う。

 えーちゃんとるかと三人のときはこんなことないのに……。

 でも、なんかここで見たくないとかゆったら、めんどっちそう。


「じゃあ、見せてよ」

「しょーうがないなあー。コロが言うから、とくべつだよ? なっ、コロ」

「わう」


 公子ちゃんもなんか犬のなきマネをすると、その場にまた犬みたいに伏せてしまった。……うーん。

 あたしは未来からおそるおそるその宿題を受け取る。そしてぱらぱら見てみる。

 ……んー? わかんない。学校の勉強も高学年になってから難しいときがあるんだけど、なんか、そーゆー難しさじゃなくて……なに、書いてあるのか、よくわかんない。算数がなくて、数学って科目の名前になってるんだけど、算数のなかまのはずなのに英語が書いてあったりする。Xとか、Aとか。あと、英語の科目がある。S、V、O……なんの記号? 理科とか、社会とかも、おなじカンジ。国語はもう漢字が読めなかった。


「……ふーん」


 あたしは悔しかったのでわざと興味ないカンジで言った。


「どう? 難しいでしょ」

「うん、まあ、ねー……」

「あう。未来さま、すごいでしょっ」


 公子ちゃんが口をはさんできた。


「ねっ、ねっ、未来さま、すごいんですよっ」


 ふたりともなんかすげー嬉しそうなところあたしだけたぶんジャマモノなんだろうけどさ。

 ……あたしは、えーちゃんとるかとの三人セットがヘンになつかしくなってることに、自分で驚いた。

 こんなんいつまでするの、ってかあたしだって帰らなきゃ――そう思ったときに、バンってドアが、開いた。

 花ちゃんセンセーだった、……顔が真っ赤ではれてて子どもみたいですっげー、こわい、赤オニみたいな花ちゃんセンセーだった。

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