ふたりは林間学校みたいにしんみりする
あたしはカーペットの上でおしりを動かして、ズリ、ってちょっと座るとこずらした。体育すわりはそのまま。天王寺さんに近づいたってわけでもない。天王寺さんとあたしとナナメの位置になるようにした。なんか、距離をいいカンジに取りたくなっちゃっただけなんだけど、……もしかしてこれがお母さんのよくいう距離感ってやつなのかな、……違う?
ヘンなの。夏休みの、林間学校の夜みたいな雰囲気だ。ヘンなの。あのときは天王寺さんちっともおしゃべりに参加せずにひとりでさっさと寝ちゃったのに……そのときちょっとさみしそうだなってあたしだけがきっと――キャンプファイアーの炎がてらてらしてるあの場で、思ったのに。
……天王寺さんにかんして、クラスメイトの子たちなんて問題外。ギャル系なんかなんもわかってないもん、天王寺さんのことウリとかなんとか言ってさ。前はモデルモデル言ってたくせに飽きっぽいんだ。けどじゃあふつう系がわかってるかっていうとそうでもなさそう、あの子たちはなんかそもそもキョーミがなさそうなカンジなんだもん。
じゃあ、じゃあ、あたしたちは?
にこと、るかと、えーちゃんの、はみだし組たちは?
……るかはぜったい天王寺さんのことわかってない、ぜったい。シュミじゃないとか聞いてねーっつーの。けど、……えーちゃんは、どうなんだろう。よくわかんない。美人だなあげへげへ、とか言うけど、そんなの本心なのかなあ? だってふざけてるよ。
なんか、……ヘンだ、ほんとに、天王寺さんのこと意識するようになってから、あたしは……。
「どんなひとか、って、……あたしのこと、聞いてる?」
「はい。餅崎さんはどういうひとなのかって……わたし、ちょっと、聞きたいかもです」
「ちょっとかよ」
「うん、だいぶ?」
「……なんで? あたしのことなんか知ったってべつになんもいいことないよ」
「それを言ったらわたしのほうもそうです。……わたしは。あなたが、わたしなんかに興味をもってくれたから」
「興味っていうか、あたしはナプキン借りたから恩を感じたってだけっしょ」
「はい。そうかもしれませんね。けど、餅崎さんはいま、ここでわたしと話をしてる。学校としてのわたしではなくて、わたしと、……コロと話をしてるんです。そういうことなんです、つまり、……そういうこと。こんなところまでみなさん、ふつうはついてこないのですから」
よくわかんない。……あたしは、黙った。
リン。鈴の音が、鳴る。
「……餅崎さんは、どんなひとなんですか」
そんなこと真正面から聞かれたことないのだし――それに。
天王寺さんはいまも首輪をつけていて――身体がちょっとでも動くとリン、って鳴るんだから。ソレが。
あたしと天王寺さんは奇妙に、語り合いはじめる。ダイニングテーブルのふもとで。
じっさいヒモでつながれてるのは天王寺さんだけだけど、なんだか、あたしまでこのリビングルームに閉じ込められているようなそんな気分を味わいながら……。
「……あたしがどんなひととか、そんなの、言われてもさ」
「たとえば。どうして、イラスト美術クラブを、選択したのですか」
「センタクとかいう大げさなモンじゃないよ。るかが入るっていうから、えーちゃんと相談していっしょに入っただけ。四年の一学期のときからもうずっとだもん。……天王寺さんは四年の三学期からだから知らないだろうけど」
「はい。知りません。そうかあ。村瀬さんと田内さんも、そんな前のときからずっとイラスト美術クラブなんですね」
「うん。ウチらって三年のときからつるんでるから」
「仲、よさそうですもんねえ、いつも」
「……っていうか天王寺さんってるかとえーちゃんの名前とかちゃんと覚えてんだね。意外。まわりにキョーミないひとかと思ってたわー」
「……ん。これでもけっこう、覚えてるもんですよ?」
「にこのフルネームだって、覚えてたもんね。あの、トイレでさ。あんとき、ぶっちゃけちょっと、びっくりした。……にこのフルネームいまもちゃんと言える?」
「うん、そんなすぐには忘れたりしませんよ、……餅崎笑子さん」
クラスメイトにフルネームで名前を呼ばれた、たった、それだけのことが、……どうしてこんなにふわふわしちゃうんだろう。
「じゃあさじゃあさ、るかと、えーちゃんの名前も、言えちゃったりする?」
「はい。村瀬瑠香さんと、田内栄子さん、ですよね」
これは……ちょっと、がっかりする。なんか……なんとなく。
だからあたしはやっぱるかとえーちゃんの話題じゃなくていいやって思った。あのふたりは、あたしのシンユーかもしれないけど。でも、そういう自慢とか、天王寺さんの前ではべつにいいやって思った、……っていうかなんか話したくないな、って。そういう、ことを。友情の、話を。
「すっげー、覚えてんだね」
「クラスメイトのみなさんですから」
「あんなクラスなのに?」
「あんな、とは?」
「だってギャル系がいばってみんなムカついてんじゃん」
「……みんな、ですか。まあ、わたしは……ムカついたりは、してないので」
「えっ? なんでっ? あいつら天王寺さんのことめっちゃ悪く言ってんじゃん、ウリとかっ――」
あ。あたしはとっさに口を手でふさいだ。あたし、また、ショウドウテキになっちゃった?
ウリ、って言葉の意味はわからなくても――なんか、それは言っちゃいけない言葉のような気がしてたんだ、ギャル系がしゃべってるときの雰囲気とかこの言葉をるかに言ったときるかがやけにニタニタしてたりとか――。
「……あ、ごめん、天王寺さん――」
その横顔を見てあたしは――ビクッ、とした。
なんて言うの、なんて言うの、なんて言えばいいの天王寺さんのこの横顔。下のほう見て、笑ってる、よね、けど笑いかたがなんかヘンだよ、いつもみたいな優しそうな笑顔じゃなくて、なんて言うかなんて言うかなんて言うかさ――るかの好きな少年漫画の悪役みたいなカオ、してる、――なんで!
「……ウリ、ですか。はい。あのかたがたがわたしのことそう言っているのは知ってますけど……」
ほぅ、とため息をつくところも、……えっ、えっ、えっ、あたしの知ってる天王寺さんじゃ――ない。
「どうしてわたしがそんなことする必要があるのか、そうですね、知らないのも仕方がないことですよね……」
天王寺さんはそう言うと、ふっ、と息を吐くようにして――笑い直して。
……あ、あぁ、こんなとこ見ればるかは、もう天王寺さんのことタイプじゃないみたいなこと――きっと、ゆえなくなるなって、なぜだかあたしはそう思った。
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