りんごほっぺは天王寺さんのほっぺたを挟む

 いよいよ天王寺さんとふたりきりなのだ。



「……あのー。天王寺さん?」


 あたしは声をかけたけど、天王寺さんは犬みたいなおすわりしてうつむいたまま返事もしてこない。学校だと、あの日あたしたちがナプキンで友情キマったときから、あたしはちょくちょく天王寺さんにあいさつしてて、そういうときにはいつも天王寺さん、オトナっぽく笑ってあたしに小さくても、あいさつ、ちゃんと、してくれてたのに。

 髪が長いからどういう顔してるかもわかんないんだよな。これも、学校ではキレイな黒髪って感じでスッキリしてるのに。

 あたしはしょうがないから天王寺さんのそばにしゃがみ込んだ。天王寺さんの反応はとくにない、ちょっと動いたりもしない。黒髪がだらーんって垂れてるのはなんかの南の島の植物みたいだ。テレビのバラエティの旅行番組くらいでしか、知らないけど。


 あたしは間近だからって天王寺さんの首もととかまじまじ見ちゃう。

 首輪、だ、……こないだも思ったけどほんとに首輪だー、これ。犬につけるやつだ。大きな鈴がついてて、鈴じたいはかわいいんだけど、これって人間につけるもんじゃないんだよね? あ、それとも、そういうことをするのが好きなひとが世のなかにはいるって聞いたことがある。四年生のとき、るかがにやにやしながらそんなこと耳うちしてきた、るかのあの声耳もとでなまぬるかった。けど人間に首輪とか鎖とかつけたりつけられたりとかひとをぶったりぶたれたりとか、そんなことのなにが楽しいんだろうってわかんなかったから、家に帰ってお姉ちゃんに聞いたら、すっごい勢いで口を手でふさがれたからあたしはフガフガしちゃってびっくりした。お姉ちゃん、晩ごはんつくってたお母さんをやたらにチラチラ気にしながら、そんなことどこで知ったのって言うから、友だちからだって素直に言ったら、ヘンな友だちがいるのねえって呆れられた、……ヘン。

 るかって、ヘンなのかな。そりゃ、ちょっと、ヘンだけど。……でもいまあたしの目の前にいる犬のカッコした天王寺さんのほうが、なんだろう、なんでだろう、ずっと、ずっと……。これに比べればるかなんてふつうな気がするし――。


 あたしはハッとわれに返った。るかのこととかいまどうでもいい。

 天王寺さんの首もと。真っ赤な首輪からピンク色のヒモが伸びて、背の高い食事用のテーブルの脚に、つながれてる。あと、犬の耳のカチューシャはともかく、手に肉球の手袋されてる。足にもその手袋あるけど、手のほうがカワイソウな感じがする。だってそれだときっとお箸やフォークも持てないよ。……けどやっぱいちばんカワイソウなのはテーブルなんかにつながれちゃってるところ、かな。

 天王寺さんはずっとずっと動かない。ガーガーってエアコンの音ばっか、聞こえる。

 あたしは諦めて天王寺さんの隣に体育座りした。ふかふかの動物の毛皮みたいな淡い白色のカーペット。


「……ねえ、天王寺さん。どうして、そんなカッコしてるの?」

「……犬、だから」

「え? 聞こえない」

「……わたしは犬なので……」

 天王寺さんは絞り出すようにして喋っていた。

「あ、あの、わたしのこと……あの。あう。……天王寺なんですけど、わたしは天王寺じゃないんです、いまはまだいいですけど……未来さまの前では、わたしのこと、コロって呼んでくれないですか……」

「さっきから天王寺さんはなにを言っているの? 天王寺さんは天王寺さんでしょう?」

「……あぅ」


 あたしは思わずショードーテキになって天王寺さんのほっぺたを両手で挟み込むようにして、掴んじゃった。


 天王寺さんはムカついた顔とかじゃなくてすっごく困ったような顔してた、……なんで。


「ねえ、あたしたち、友だちだよね」


 天王寺さんはなにも答えない。


「友だち、だよね。にこは、そう思ってるよ。だって、天王寺さん、にこにナプキン貸して――返さなくてもいいよって、にこに、くれたじゃない……!」

「……ナプキンなら差し上げますから」


 あたしはゆっくり天王寺さんの顔から手を離した。

 天王寺さんも、もういちどゆっくりうつむいた。

 そして、それよりもっとゆっくり、言った。


「……わたしにかかわらないほうがいい」

「え……?」

「餅崎さん……あなた、あなたは。あなたは、人間です……疑うところもなく人間です。わたしと――わたしともしも友だちになったところで、わたしはあなたになにもしれあげられません。……ナプキンを差し上げるくらいしか」

「だって友情ってそういうのでジューブンっしょ……?」


 天王寺さんの黒髪がゆれた、ふるふるって首を横にふったんだ。


「……どうしてこんなところまで来てしまったのですか」

「友だち、だから……」

「わたしなんて――人間でさえもないのに」

「だーかーらっ!」


 あたしは思わずまたショードーテキに怒鳴っちゃって天王寺さんはビクッとした。


「あたしは天王寺さんを友だちだって思ってるし、もっと仲よくなりたいから、わざわざ花ちゃんセンセーにチクったりついてきてまでこうしてるの!」

 天王寺さんはもういちど顔を上げてあたしをじっと見てた。

 なんか、とても、静かな感じだった。

 ふっと、そらした。


「……餅崎さん、は。どんな、ひとなんですか。……わたしを友だちだ、と思ってくれようとするっていう人間のひと、って、……どんなひとなんですか」


 ……ひとりごと、かな。けど……にこのことを、にこのことも、ゆっている。

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