西園さんはおばさんなのにちょっとカワイイ

 天王寺さんはやっぱきょうも犬だった。



 使用人の西園さんが案内してくれたのは、この家のリビングみたいな部屋だった。天王寺さんの家って外から見るとめっちゃでかいし坂のいちばん上にあるし、このあたりの丘のてっぺんに住んでるし、外国じゃなくって日本のお姫さまのお家って感じだったけど、天王寺さん本人が住んでる家は、けっこう、地味だった。ふつうの家みたい。あたしの家だって、こことは違ってボロだけど、でも広さ的にはこんなカンジの一軒家だし。


 その、リビングで、天王寺さんヒモでテーブルにつながれちゃってた。

 あたしはさすがに困っちゃって西園さんってひとを見上げた。女なのにでかいひとだ。西園さんはあたしの気持ちに気づいてないのか、ニタアッて笑った。怖い。図書室の本に書いてあった口裂け女みたい。


「私は別の部屋で、作業がありますから。ね。もしも、用事があったときは、隣に、来てください。ね」

「……えー。にこ、ここで天王寺さんとふたりっきり?」

「天王寺さん? ――ああ、コロの学校での名前です。か。その子は、コロというのが、本名。みたいなもの、ですので。コロと、呼んであげれば、喜ぶ、かも。しれませんね」


 いまさらだけどこのおばさん喋りかたがけっこうヘンだ。どもってる、みたい。

 このおばさんがどんだけヘンでもあたしは主張しなきゃって思った、ショウドウテキでも。――だってこのままじゃここに犬のカンジな天王寺さんとふたりだけでホーチされちゃうよ。


「でもさあ、にこさあ! ここに天王寺さんとふたりって、ぶっちゃけ、困るよ!」

「そう。ですか。けど、私は、仕事があります。ので。書類の、作成が、あります、ので。すみません、ね」

「えーっ、じゃあさあ、せめてさー、せめてさー、未来くんっていないのー……?」

「未来さま、は。お友だちと、校庭でサッカーを、してから。お帰りになると。連絡を、受けてます。担当の、使用人が、いまごろ、車でお迎えに、上がっているので、……そう遅くはならないはず。です。よ」


 西園さんってこのおばさん、喋りかたがほんとヘンでまどろっこしいし、デカくて口裂け女みたいだけど、なんかふしぎと、そんな悪いひとじゃないのかな、って思った。このひと。

 あのサングラスおばさんのがよっぽど怪談の妖怪みたいだった。


「そっか、マジでおばさんお仕事あんの?」


 西園さんはひっそり、笑った。


「はい。仕事、ですので。はい。すみません。……あなたの気持ちはお察しします」


 あれ、いまは、けっこうすんなり言ったよね。おさっしします? って? どういう意味だっけ……ときどきドラマとかニュースでも出てくるけど。


「僭越、ながら。……その、子は。コロ、は。ただ、犬なだけです、ので。……その。いい子、です。コロは。とても……いい子、ですから。あの。……そうやって、扱ってあげて、ください、ね?」


 西園さんはおばさんなのにこんどは困ったように笑った。


「ぶっちゃけあたしおばさんがなに言ってるかよくわかんないけど、とにかく未来くんが帰ってくるまでここで待ーとおっと!」


 あたしはわざと低学年の子みたいにタタタッて部屋のなかに駆け込んだ。

 チラッ、と振り向く。西園さんは扉を閉めるとこで、こんどはユーレイみたいにその隙間からニタニタ笑ってた。


「……はい。そう、長くは、ないですので、……コロと、仲よく、してください、西園のおねがい」


 ヘンなこと言うと、パタンって扉を閉じた。

 めっちゃヘンなひとだったし、どう見てもおばさんなんだけど、ちょっと、かわいいひとだった。ふしぎだ。とても、ふしぎだ。……天王寺さんとかかわってると、ほんと、ヘンなことばっかり。えーちゃんとるかと過ごした小三からの二年以上より……この一か月のほうが、ずっとずっと、あたしにとって、ヘンなことばっかり起こる。

 なんなんだろう、天王寺さんって……。



 あたしは、くるり、と振り向いた。



 天王寺さんはヒモでつながれたまま犬のおすわりみたいにうつむいてる。

 秋で涼しいはずなのに甘やかすみたいにエアコンもガーガーだから、その音だけが、響いてる。

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