花ちゃんセンセーはヒスってる

 それで、あたし、……どうしてこんな状況に参加してるんだろう。


 花ちゃんセンセーはバンッ、って応接室のテーブルを叩いた。あたしまでびくっとしちゃう。


 花ちゃんセンセーはさっきからこのあいだもあたしが会ったサングラスのおばさんとなんか激しく言い争いしてる。


「――それですからね、公子さんの保護者さま! 再三申し上げますが、あなたがたのおこなっていることはそれ、虐待なんじゃないですかっ。いちどちゃんと児童相談所に介入してもらうべきでは。やましいことがないのであれば、問題はないですよね!」

「はあ。こちらも再三となりますがね、私は公子の保護者ではないと申し上げておりますでしょう。あの子の書類上の保護者は当主、天王寺薫子かおることなります。私があの子の親権を握っているわけではないのですよ」

「だから、それなら、そのかたを呼んでくださいよ! いますぐ、ここに! これは大問題ですよ。だいじな教え子がもしも家庭環境で苦しんでいるのであれば、私はいち教師として、見逃すわけにはいきません。ほら、そのかたをどうぞお呼びに!」

「当主を簡単に呼ぶことなどできません。当主は、多忙なので」

「それは子どもの虐待問題よりも重要な用事なんですか?」

「いえ。そういうわけではないでしょうけど、簡単には呼べないんです。私が怒られてしまうので。どうかご勘弁を」

「――たしかにねえあなたたちのお家が名家であることは知ってます、けど、教育のもとではどの児童もひとしくだいじであり、また、お家の環境がなんであれ子どもはそれに左右されてはいけないはずです!」

「……はあ。なんですか、いまどきってそんなに先生がたって教育熱心なもんなんですかね。私らの時代は違いましてね、教師といえども人間で、体罰などもふつうにありましたねえ。懐かしいくらいですね、ああでも先生はお若くてらっしゃいますしねえ」

「――私が若いからって馬鹿にしないでくださいっ! 私は、教師です」


 はあ、はあ、って花ちゃんセンセー、コーフンしてる。……本気すぎない?

 シーン、と気まずくなる。


「……ほら。その子も怯えてるじゃありませんか。教師としてそれはよろしいのですか」

「いまそんなことっ――」

「そんなこと?」


 サングラスのおばさんはバカにするみたいな声で言った。


「そんなこと、ですか。ひとしくだいじにされるべき児童が教師の感情的問題で怯えているところを見て、そんなこと、と」

「い、――いまはそういう問題ではないでしょう、それを言ったらあなたたち公子ちゃんをっ――!」

「はあ。……やれやれ。あなた、田代たしろ先生でしたっけね、」

「花代です」

「ああ、はいはい、花代先生。あなたどうして教師になったんです? 向いてないでしょう。おいくつですか? おおかた新卒で嫌々就職したのでしょう。美術が専門とおっしゃってましたが、まだお若いのですし、進路などもこれからどうとでもやり直せるのではないですか。すくなくとも小学校よりは、そうですねえ、――渋谷の小さなスタジオやら下北沢の地下劇場やらがお似合いだと思いますが?」

「……なんですかそのたとえっ、嫌なことをおっしゃるんですねっ……」

「あら、お嫌でした? はてはて、なんででしょうね、……わたくしアート方面にはとんと疎くて、失礼があったかもしれませんねえ」


 花ちゃんセンセーは、口、パクパクさせて――困ってたようだから。

 だから、あたし、センセーを助けてあげることにした。


「ねえ、おばさん! 花代先生は、すごい画家でもあるんですよ!」

「……ほう?」


 おばさん、こっちに顔向けるけど、サングラスだから、あたしを見てるのかどうかなんかよくわかんない。

 けどやっとこの場であたしにキョーミ持ってもらえたからあたしは話すことにした。


「いまは先生は、学校の先生だけど、ビダイ? ダイガク? のときはすごい画家で、ゼンエーテキだって話してるのも聞いたことあります! そういうスゴイ先生だから、あたしたちの美術イラストクラブの顧問とかやってくれててっ――」

「餅崎さん!」



 キン、と、……センセーが大きな声を出した。



 怒鳴った、っていうより……なんか。これ。キレてる? ヒスってる?

 隣のクラスのおばさんセンセーみたいに……。

 けど花ちゃんセンセーはすぐに気を取り直したように自分の髪にさわった。


「……ああ。ごめんなさいね。その……でも。私は……先生は、このひととお話があるから、いま、お話をしてるから……餅崎さんは、その、気をつかわなくて、いいのよ」


 髪を、ちょっとイライラしてるみたいに、かきあげると。花ちゃんセンセーはふたたびおばさんに向き直る。


「公子さんは……いま、在宅ですよね、もう下校時刻はとっくに過ぎていますもの。餅崎さんは、公子さんといっしょにいてもらって……おとなの話をしたいのですが」

「……やれやれ。あなた、なんのためにそこの……餅崎さんを、連れてきたんです。それではついてきただけじゃないですが」

「あとで、証言は、してもらいます。その前に、私はあなたと……おとなの話がしたいです」

「あなた、お歳は」

「二十四です」

「……おとな、ねえ。そういう発言はもっとご自身がふさわしくなってからいたしなさいな」

「歳が若いからといって馬鹿にしないでください!」

「いぃえぇ。私からすると、そこの餅崎さんのほうがよっぽどおとなとしての素質があるように見えますが」

「え、にこが?」


 花ちゃんセンセーはキッとあたしを見た。……怖い。


「……はいはい。それではおとなの話とやら、拝聴いたしますよ。少々お待ちくださいね。使用人を呼びますので」


 おばさんは、小さなケータイみたいなやつを出して、電話をかけた。……大きな病院でよく見るやつだ。


「あぁ、お疲れさまです西園にしぞのさん。いまはお手すきですかね。……あぁ。はいはい。書類作成はあとででもいいのでね。応接室に来てもらえますか。公子のクラスメイトが……はい。あぁ、かまいませんよ、公子のところに連れて行ってください。……見せる権利のあるかたですので」


 おばさんはよくわかんない感じでだれか、使用人? に、電話をかけた。



 そして使用人ってひとが来た。西園さん、ってひとだ。エプロンかけてる。おばさんだけど、このサングラスのおばさんよりはずっと若いし、花ちゃんセンセーよりちょっと年上って感じのひと。垂れ目で、地味なひとだった。



 あたしは西園さんに案内されて応接室を出た。途中、振り返ったけど、花ちゃんセンセーはサングラスのおばさんと言い争いたいみたいで、そういうのに夢中で、あたしのこと、気にもしてなかった。

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