天王寺さんのキャンバスの前で
昼休みの美術室ってふしぎなカンジ。美術の時間かクラブの時間しか来ないから。遠くから校庭でみんなが遊ぶ声が聞こえてくるのがなんかもっとふしぎ。
ここだけちょっとだけ別世界っていうか、うーん、なんていうんだろう……うまく言えないんだけどとても静かだしなんかヘンな感じがした、とにかく。
あたしと花ちゃんセンセーは窓ぎわに座っている。窓ぎわはマジのひとたちのところだよってあたしゆったんだけど、花ちゃんセンセーはいいのいいのいまはいいのよ、とかなんかよくわかんないカンジであたしを無理やり窓ぎわの席に座らせちゃった。
……いつもだったら、天王寺さんが座ってるトコなのにな……。
だって、ほら。目の前に、描きかけの天王寺さんの絵が、あるよ? キャンバス……って、いうんだっけ、こういうの。高学年になって使いはじめたノートの名前とちょっとだけ似ているようで違うからなんかよく覚えられない。
目の前にはえんぴつで書かれたっぽいくだものの絵があったけどいまはりんごじゃなくってみかんだった。……こんな地味な絵ばっか描いてて、つまんなくないのかな。
天王寺さんのガッコー生活とかおうちとか、ただでさえつまんなそうなのに……。
「餅崎さん。その絵になにか感じるところがある?」
隣に座る花ちゃんセンセーが、声、かけてきた。やっぱやっさしー、あたしには。なんで天王寺さんにはあんな厳しいんだろう? 花ちゃんセンセーだってフツーにしてたらかわいいのに。
「……ううん。でもなんかタイクツな絵だなって思う」
言っちゃってから、ハッて思った。あ、またやっちゃった、あたし、こうやってすぐにショウドウテキに思ったことそのまんま、言っちゃうから……。
でも花ちゃんセンセーは予想通りじゃなくって怒らなかったし、もっと深い笑顔をした。
花ちゃんセンセーは天王寺さんの絵を見て、あたしを見た。まっすぐ、やらかい、視線だった。
「そうよね、そう見えると思う。一見するととても退屈な絵よね、みんなの好きな漫画やイラストみたいな派手さもないでしょう?」
「うん」
「けど、これはね、すごい絵なのよ」
センセー、ひとりごとみたいに。……オトナなのに。
「天王寺さんには絵の才能がある」
「るかには?」
「……もちろんね、才能があるってことだけがだいじなわけじゃないのよ、もちろん。村瀬さんは村瀬さんの絵を描いていけばいいの。それが絵のありようなの。けど、あの子は――天王寺さんだけは……」
ぶつぶつ、ぶつぶつ、と……センセー、あたしに話してるようで、それやっぱひとりごとじゃない?
「花ちゃんセンセーなに言ってるかわかんないよ! あたしにも、わかるように、ゆってよーっ!」
「あ、……ああごめんなさい。そうよね。それで……餅崎さんに、協力してほしいことがあるの。餅崎さんは天王寺さんと仲のよいお友だちみたいだし、だから先生、餅崎さんに頼めるのよ」
「……なあに? さっきから話めんどっちいよーっ!」
「うん、ごめん、ごめんなさいね。……天王寺さんのおうちって、どうだった?」
先生は……オトナとしゃべるみたいなカオ、してて、あたしはちょっとぎょっとした。
「変なこと……なにか。あった? いえ。……あったでしょう?」
先生はそれでもいつもみたいに笑ってる。
静かな美術室。昼休みなのに。あたしはなんかツンとする。あたしはいま美術室にいるのに保健室にいるときみたいなヘンな気持ちになる。ドッヂやサッカーする男子の声がもわんもわんって遠い感じで聞こえてくる。別世界みたい。えーちゃんとるかのしゃべり声は……五年三組の教室から、こんなとこまで、届いてくるワケがない。
花ちゃんセンセーはいつもみたいにお姉さんみたいに優しいのになんかヘン。
ヘンなの。なんか、すごく……なんか。いろんなこと、いろんななにかが……。
花ちゃんセンセーは、そっ、て目を細くして、笑った。……オトナっぽいの。お姉さんっていうよりも。
それで、なんかドラマのオトナどうしみたいに、喋ってくるの。ここ、美術室なのに。
天王寺さんの白黒の絵のそばで――。
「……ねえ、先生はね、天王寺さんのこと、救いたいの」
「……救う、って? なに、それ……? 天王寺さんって、なんか、タイヘンなの?」
言ってから――思った、そりゃ、大変だ、だってなんだったんだろうあのワンちゃんごっこ……。
「そう、大変なの。……すごく。ねえ、餅崎さんは天王寺さんのお友だちよね?」
センセーがあたしの返事を待ってるっぽかったので、あたしは、慌ててこくこくうなずいた。
「うん、そうよね。先生、それ聞いて安心しちゃった! 先生から見ても、餅崎さんと天王寺さんは、きっといちばんの友だちだものね。それだから――餅崎さんも、天王寺さんがもし困っているなら、力になりたいって、思うわよね?」
「うん」
「ふふっ、よかった。餅崎さんは先生といっしょね。先生の仲間だわ」
「センセー、ヘンなのー。オトナと子どもは仲間とか言わないよ」
「……おとなでもね、子どもにだって、頼らなければいけないときだって、あるんだけどな」
「えっ?」
「ううん、なんでもないわ、ごめんね。――これから言うこと、先生とのだいじな内緒にしてもらえる?」
あたしはまたしてもこくこくとうなずいた。
「ありがとう。餅崎さん。あのね。――天王寺さんのお家は、ちょっと問題がある可能性があるの。天王寺さんは、お家でとてもつらい思いをしているかもしれない。先生は、先生としても学校としても、天王寺さんを助けてあげなくちゃいけないわ、――それで餅崎さんは天王寺さんの家に行ったことがあるんでしょう? そのときって、」
「あ! わかった! 先生、あたし、わかった!」
あたしは思わずガタンと立ち上がった。
「天王寺さんの家のことチクればいんでしょっ。マジやばかったよっ、だって天王寺さんがワンちゃんみたいでさ――」
「……察しがいい子は好きよ、私」
花ちゃんセンセーはなんかヘンな感じに笑った。
「まあまあ、餅崎さん、座って。落ち着いて。……先生のその話を教えてほしいの。……私は、天王寺さんを救いたい。天王寺さんのその――」
センセーはなにかを言いかけて、やめた。
「ううん、なんでもないの。座って。……先生に、力を貸して、お願いよ、餅崎さん」
――言われなくとも。
だって、あたしは――五年三組で、ううん五年で、ううんこの小学校で、ううん、もしかしたら世界でたったひとりの、天王寺さんの友だち、だから――。
ナプキン貸してもらったあたしらの友情、一生モン、だから。
――返すよ? あんときのカリ、さ、――なーんてあたしもちょっとカッコいい!
あたしはそれでもコーフンしちゃいながら花ちゃんセンセーにあたしがあの日見たいろんなことを、ぶちまけた。
花ちゃんセンセーは子どものあたしの話なのにめっちゃ真剣に聞いてくれた。お姉ちゃんも、お母さんも、あたしの話をこんな真剣に聞いてくれたことは、ない。
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