お坊ちゃんはちょっと意地悪
あたしはゴーカな部屋でお菓子をパクパク食べてる。どれもこれも高級そうでおいしいんだけどなんか甘さが足りないな。なんかほんとおばあちゃん家のお菓子って感じだ。
ここで待っててって言われたからあたしはいまひとりだ。パクパク。パクパクパクパク。
ソファは真っ赤だから万一血がモレちゃってもまあだいじょうぶかなって思った。どうせ、ひとん家なんだし。そういう考えってほんとはいけないんだと思うけど。
ソファが赤いし、トロフィーとか賞状とかあるし、なんか赤い布のかかったピアノがあるし、ドラマとかマンガみたいな部屋だ。
しばらく待ってるけどだれも戻ってこない。あたしは退屈してきてしまって、お菓子を食べるのをやめてひょいっと立ち上がった。どうせしばらくまだだれも来ないよね。
あたしは部屋をうろうろする。トロフィーとか賞状とかがめっちゃある。すごい。やっぱすげーお家なんだ。だいたいは天王寺って苗字だけど、ショーワとか古いのもいっぱいある。これなんだろ、なんとか……子? 難しい名前でよく読めない。これは、良い……子? って、読むのかな。りょうこ? かな? あとは、未来……って、名前。みらい、って読むので、いいのかな。あたしのむかしの友だちに未来って書いてみくとかいたから……女の子、なのかな。天王寺さんの妹かな。妹、いたんだっけ、そんな話知らない。だって天王寺さんだもんな……ウワサだってほとんどないし……。
……あたし、すごいとこ来ちゃったんだなあ。
トントン、とノックがして、ドアが開いた。あたしは、あっ、と声を上げたけど、すぐに固まった。
男の子だった。
男の子は、ちょっとはにかんだ。
「あ。こんにちは。……餅崎笑子さん、ですかね」
「……え。だれ?」
「ああ、ごめんね。天王寺
男の子は……天王寺未来くん? は、そう言いながら、あたしの向かいのソファに座った。にこにこしてる。お坊ちゃんっぽい。年上? 天王寺さんのお兄さんかな? あ、さっきのトロフィーとか賞状とかの……すごいひと、なのかな?
「……天王寺さんのお兄さん?」
「あはは、俺も天王寺だよ」
「そりゃ、そうだけど。あたしが知ってる天王寺さんは、天王寺さんだけだもんっ」
あたしがぷくーっとしてたからか、天王寺未来くんはもういっかいあははと笑った。楽しそうだ。
「そうだよね、そりゃそうだよね、ごめんごめん。怒らないでね」
なんか、クラスのサルみたいな男子どもと、ぜんぜん、違う。オトナみたいだ。おとなしいけど……なんか、ヘン。
「餅崎さんはコロのクラスメイトなんだから」
「コロ?」
「ああ、餅崎さんにとっては天王寺公子と言うんだよね」
「あたしにとっては?」
「俺にとってはペットだからなー」
「……え?」
未来くんが自慢げになにを言っているのかよくわからなかった。
「どういうことか、わかる? わからないよね」
「うん、わかんない」
「じゃあ教えてあげよっか?」
「え、うん。知りたい」
「コロってさー、人間みたいじゃん」
「天王寺さんのこと?」
「だからおれも天王寺だってば」
「んん、天王寺公子さん!」
「うん。けどあいつ人間じゃないんだよ」
未来くん、なんかグニャリ、って意地悪そーな顔をした、……意外。
「人間じゃない? なんのこと?」
「人間に見える?」
「天王寺さんは人間だよ」
「じゃあ、餅崎さんにとっては人間に見えるってことなんだ」
「うん」
「へーえ」
あたしはちょっとイライラしてきてた。なんの話なんだかよくわかんない。
「餅崎さんの学校だとみんなそう思ってるんだろ」
「そう、ってなに」
「だから、コロのこと人間なんだって思ってるってこと」
「そうだよ。ていうか天王寺さんの名前コロじゃないし」
「や、あいつはほんとはコロなんだ」
「だーかーらーっ、なんの話なの!」
「おれは餅崎さんがコロの友だちだからとくべつに教えてあげようと思っているのになー」
「……教えてよ。それって、ひみつ、なんでしょ」
「うん、ひみつ、……だよ」
未来くんの顔がすっと変わった。
なんか、あれ、ちょっとだけ、……カッコいい。
「コロはね、……天王寺公子は、犬なんだ」
「……へ?」
あたしが間抜けな声を出して、部屋はとても静かになって、止まった。
バタ、バタ、バタ、と、足音が近づいてくる。
バタン。ドアが、開く。
さっきのこわそうなおばあさんだった。
「はいはい、――おしたく、できましたよ」
「はーい」
未来くんはまるでいい子みたいにむじゃきに立ち上がった。
あたしもしぶしぶ、立ち上がった。
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