りんごほっぺはほてって突っ走る
えーちゃんもなんかヘンだなって思ってる顔してたけど、いちばんさいしょに発言してくれた。
「……天王寺さんって言ったら、やっぱ、ウチのクラスの一匹オオカミ美人でしょ、カッケー!」
えーちゃんは言ってからハッとしてた。天王寺さんがこっちを見てないっていうのをたしかめてほっとしてる。そうだよね。天王寺さん、おんなじ部屋にいるんだから。あんまりヘンなこと言わないように気をつけないと……。
て、ゆうか。
あたしは、気づいたから、言った。
「花ちゃんセンセー。それって天王寺さんに訊いちゃ、だめなことなの?」
「……それも、ここだけの話にしてくれるかしら。あのね、」
あたしたちはそれぞれごくんとツバを飲み込んだと思う。
先生はオトナで先生なのに、あたしたちもおなじみたいな感じで真剣なフンイキ。悪くない。なんか、あたしまで、オトナで先生になったみたいだから。
「天王寺さんはなにかいまつらいことがあるかもしれないの。だから先生、天王寺さんを助けてあげたいのよ」
「つらいこと? 天王寺さんが? えー、かわいいのにー」
「……いかにも闇、って感じですもんね。彼女」
えーちゃんとるかが反応した。
「つらいことって、なあに?」
あたしはそう反応した。先生は、もっと声をひそめた。
「それをね、先生も知りたいの。……ね、だから、知っていること、教えてくれないかしら?」
「や、ぶっちゃけ変わり者って感じっす」
るかがにやにやしてた。るかめ、楽しそう。ギャル系がウワサするのはウルサいとか言うのに。
「ま、ちょっとは美人だしー? 勉強できるしー? 運動とかもできるんで。ま、イチモク置かれてる感っつーんですかね、そういうのはありますけど。でもキョーチョーセイがないんっすよ。友だちもいない、ククッ」
――うわ。
るか。やだ。
「あら、そうなの……でも、ふしぎよねえ。村瀬さんにそんなに褒められるほど、いいところがあるのに、ひとりでいるのは、どうしてなのかしら? お家でも、そういう感じなのかな? そういうウワサとかって、ない?」
「――あ、あのっ、あひゃしっ!」
あたし、右手を上げる。なぞにかんでしまった。
「あひゃっ、あたしは、天王寺さんの、と、友だちだから……あ、あたしがいるから、だから天王寺さんクラスでひとりとかじゃないし! ねっ! ――ねえそうだよねえー、天王寺さん!」
天王寺さんはさすがに振り向いた。とてもびっくりした顔をしている。……右手には、えんぴつを握ったまま。
きょう、描いているのは、くだものだ、……りんご。りんごだけど、白黒の、絵だ。
つまらなく、……ないのかな。
あたしはもうあとに引けないし言う。
「天王寺さんー、ウチらー、友だちだよねー?」
「えっ? ……えっ?」
天王寺さんはきょとんとして、困ったように、うすく笑ってた。
でも花ちゃん先生がなぜかよく通る声でフォローに入ってくれた。
「あらあ、そうなのお、ふたりは友だちなのねえ! クラスもいっしょで、クラブもいっしょで! いいわね!」
「……あ、え、……うぅ?」
花ちゃん先生、ぴっかり、笑った。……でもなんか、こわい、ような? なんで? こんなに笑っているのに。
「……それじゃあお家の行き来したりとか、」
目が、――細くなった、あれ?
なんだろう。この、ヘンな感じ……。
「そういうのも――しているのね?」
天王寺さんはそこではじめてふるふると首を横に振った。
「……いえ。餅崎さんがわたしの……わたしの暮らすおうちに来たことは、ないです。そもそもあの、餅崎さんとわたし、お友だちっていうか……」
「それじゃあ遊びに行けばいいじゃない!」
……なんか、先生、ヘン。
周りもちょっとドン引きしてる。
けど……花ちゃん先生、悪い先生じゃないからな。
あたし、言ってあげた、……親切のつもりで。
「じゃあ――あたしがきょうこれから遊びに行くよ!」
えっ? ってなったのは、天王寺さんと、えーちゃんとるかで、……この組み合わせ意外とおもしろっとか、なんかカンケーなさそうなことを、思った。
外は秋っぽくて寒かった。秋って冬よりはまだマシな寒さなはずなのに、なんか苦手。とくに運動会のあとは苦手。運動会までは夏って感じするけど、運動会のあとはクリスマスまではなんもないっていう、からっぽな感じがするから。
天王寺さんのおうちは
天王寺さんはずんずん進むからコワかった。あたしが追いつかないとふりむいて待ってはくれるけど。あたしが追いつきかけると困ったような顔してまた歩きはじめる。背中の人形みたいな髪がやっぱりきれい。つやつやしてる。光ができてる……。
「天王寺さんー、速いよー」
ぴたり、と、止まって。
「……あ。すみません。おうちにひとを……人間のひとを呼ぶなんて、ふだん、ないことなので。……あの、ほんとうに、来るんですか? わたしのおうち、あの、遠くて、すごく歩きますけど……」
「いいよいいよ、ぜんっぜんヘーキ。あたし走ることだけは取り柄って言われるんだー」
かけっこで六人で走って三番になれるってくらいだけど。
天王寺さんはうつむいた。まつげがゆれてる。ほんと、きれいなまつげ。モデルさんみたい……。
きれいな子だなあ。
と、ぱっ、と。天王寺さんは顔を上げた。なんか決心したみたいな顔で、前のほうを見てる。
そこには、坂があった。
「……ここから坂が激しいので、無理しないように、してください」
「はーい」
あたしはおどけた。
けど、じっさいのぼってみると、めっちゃキツい。あたしは息切れしちゃう。天王寺さんもちょっとツラそう。
お互いの給食袋がガッチャンガッチャン鳴る。
「……え。天王寺さん、こ、こんなの、毎日のぼってるの……?」
「そういうわけでも、ないんですけど……」
「だって学校来るのにさ……」
あたしがそう言ったときにクルマが来た。
真っ黒なデカい車だった。お金持ちのクルマだ。
スーッ、って止まった。……キキーッとか、ゆわないんだ。
真っ黒な窓もスーッと開いた。あたしはひってゆっちゃった。だって、サングラスに白いエプロンっぽいおばさんが、いる。
天王寺さんの横顔は真っ青になってた。
「――コロ。あなたなにしてるんです。これからお迎え行くところだったのですよ、おとなしく待ってもられなかったのですか。……それにそちらのかたは」
「コロ?」
あたしの疑問はシカトされた。
「……あ、あ、あぅ。あの……あのあの、あ、う。これは、あの……先生が、あのっ先生っていうのはクラブの……」
「あたし天王寺さんのクラスの友だちできょうは天王寺さんのおうちに遊びに来ましたっ!」
うろたえる天王寺さんがカワイソーなのであたしは助け舟を出してあげた。バッチリーっ。
けどふたりともシラけてる。
だからあたしはオマケしてやった。
「お買い上げーっ、ありがとうございますーっ。よろしくお願いしまーすっ!」
……シーン。
「……ともかくここで立ち話もなんですので。とりあえず乗ってください、……あなたも。そう。あなたです」
あたしもなんだかシラけてしまってペコッて頭だけ下げてちょーやばそーな車に、乗った。
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