花ちゃん先生のお願い


 人間ごっこってなんだろう。



 いつも通り、花ちゃん先生が「きょうも楽しくお絵かきをしましょう」ってにこにこしてあいさつしたあと、クラブの時間がはじまっても、あたしはずっとぐるぐるぐるぐる、そのこと、考えてた。

 だから、ぼーっとしてたのはしょーがない。

 もう十月なのに、なんかちょっと熱くて、だるいし。セーリだからかもしれない。

 天王寺さんもヘーキな感じで絵を描いてるけど、セーリなんだもんなー。だるく、ないのかな?


「こらっ、りんごー?」


 えーちゃんにバシッてノートで頭をたたかれて、はっとわれに返った。えーちゃんは、くすっ、て笑った。るかは顔を上げないでオタクっぽいイラストを描いてる。


「あっ、ぼーっとしてた……」

「見てりゃあわかるわっ。なに、マジで天王寺さんにおネツなわけ?」

「そんなんじゃないし。ちょっと見てただけじゃんっ」

「うーわ、あーやしー」


 えーちゃんはケタケタ笑う。るかは顔を上げないでオタクっぽいイラストを描き続けてる。なんか美形の男の子が描きたいみたい。るかは美形の男の子が出てくるアニメが好きで、その話になるときだけちょーしゃべる。早口になる。

 えーちゃんのほうがるかより明るい。えーちゃんは、そばかすはひどいけど、ちょっとおじさんっぽいしぐさとか言いかたとかやめれば、フツウ系くらいならいけると思う。るかは無理だな。太ってるし、暗いから。

 あたしも、……りんごほっぺだから、だめ。

 だからえーちゃんがあたしとるかのところにいてくれるのは助かってる。


 えーちゃんはおちゃめな顔をする。


「でも天王寺さんってきれいだよね。わかる。女子なのにウチからしてもやべえみたいな。げへへ」


 だから、えーちゃんはそのげへへとか言うのやめたら、フツウ系くらいならいけるのにな。

 あたしは親切のつもりで言ってやった。


「えーちゃんげへへとかちょっとキモいよ」

「おおう、りんごは手厳しいですなあ。うえっへっへっへっ」


 あたしは、べつにどうでもいいやって思った。フツウ系いかれちゃったら、困るし。るかとふたりだけはあたし無理。

 とか思ってたらるかがお絵かき続けて顔も上げないまま、話に割り込んできた。


「いやたしかに、たしかに天王寺さんって顔立ちが整っているし美人といえると思うけど。でもあの態度じゃだめだしすくなくとも私はそそらない」


 いや、るかがそそる? とか、そそらない? とか、どーでもいいんですけどー……みたいな空気が、あたしとえーちゃんのあいだに流れた。

 けどえーちゃんは明るくて気配りもできるから、けらけら笑いながら言った。


「そっかあー? ウチはものすごくそそりまする。げっへへへ」

「だからえーちゃん、それ……」


 あたしは言いかけたけど、続きは言えなかった。

 花ちゃん先生が、窓がわから離れて、なんかこっちに来たからだ。



 花ちゃん先生はにこにこしてた。そんで、最初にやっぱこう言った。


「どう、みんな? 楽しく、お絵描きしてる? ね、どうかしら、ふふ、餅崎さんは?」

「してるしてるー」


 あたしはとっさにそう言って、しまった、って思った。だってあたしはクラブのときだけ使うスケッチブックを机に出してもいなかったからだ。


「いーやいやいやー、花ちゃんセンセー、ウチ描いても描いてもうまくもなんねー、たはーっ!」


 これだけのセリフだったらなんかえーちゃんがジコチューなだけみたい。でも、えーちゃんがちらっとすっごくすばやくあたしを見て、机の上を見て、なんかまずいって思ってフォローしてくれたんだろうなって思う。えーちゃんってよくこういうことがある。あたしは助かったと思ってほっとした。でも、えーちゃんはなんで、自分がソンするだけなのにこうやってひとのことかばってくれるのかな。

 るかは顔も上げないでずっとオタク絵を描いてる。なんかぶきっちょな絵だ。筆圧、強すぎだし。

 花ちゃん先生はえーちゃんのサムいセリフにもあははと笑った。ほんと、花ちゃん先生って、カワイー。地味っぽいんだけど、セージュン派アイドル? みたいなのいけると思う。でも古いか。ショーワか。


「なあに、田内たないさん、そんなこと言っちゃって。どれどれ、先生に見せてよ。ここ座るわよ?」


 花ちゃん先生は、あたしたちのシマの椅子に座った。シマっていうのは、クラブの机組のグループのこと。さすがに、男子女子とか四年生五年生六年生とかじゃ、まじわれないし。シマがいくつか、できるよね。

 花ちゃんセンセーはえーちゃんの絵をひょいとのぞきこんだ。

 そのときるかがとっさに両手と顔をふせて自分のイラストを隠したのがなんかふゆかい。……べつに、そんなに、じょうずでもないじゃん。るか。

 えーちゃんの絵は、棒人間みたいなのに三本毛が生えて、なぜか右手に銃みたいなのをもっててそこからハートがたくさん出てる。うまくはないけど、あたたかいし、なんかくすって笑っちゃうんだよね。


「わあっ、ふふっ、おもしろい絵!」

「そんなことないっすって、センセー、褒めないでよお、ウチちょーしのっちゃいますからねー?」


 えーちゃんはお調子者だ。でも先生はわざとらしいびっくりした顔をする。


「いいのよお、どんどん調子に乗って。絵っていうのはね、とにかくね、楽しく描くのが、いちばんなんだから。田内さんの絵はとても楽しそうでいいわね」

「げっへっへ、照れますなあげっへっへ」

村瀬むらせさんは? どういう絵、描いてるの?」


 先生はるかにも話をふってあげた。

 るかはふせたまま。


「……や。べつに。先生に見せるほどのものじゃ、ないんで」

「あらあ、そんなの、見てみないとわからないわ。だって村瀬さんいっつもとっても楽しそうにお絵かきしてるじゃない? 先生、村瀬さんの絵、見てみたいなあー」


 るかは、ガバッといきなり顔を上げた。


「……ん。ちょっとだけ、ですよ?」


 るかはけっこう、オトナに弱い。


「わあーっ。これは、なに? 男の子ね。カッコいいじゃない、なにかのキャラクター?」

「や。つか。オリキャラ、っつか。世界じたいはめっちゃカッケー、漫画で。でもその主人公よりこのオリキャラのほうがカッケーと思います。だってこのキャラはユウトっていうんですけど最強だから」

「へえー、いろんなこと考えているのね。うん、発想力が豊かなのはいいことだわ。村瀬さんには自分の世界があるのね。それでいっつも、楽しそうなのねえ」

「や……」


 るかはあきらかに照れていた。……ケッ。


 でも、この流れだと、次は……あたしでしょ?


 あたし、いま、絵をなんも描いてなかったよ。見せられるとしたら、授業中のらくがき……? でもそんなの、担任にチクられたら、あたし、嫌だしなあ。餅崎さんは授業中にらくがきしてますよ、とかなんとか……。


 けど。


「で、あのね、みんな」

「……あ、はい、あのっ、あたしいま絵は……描いて、なくて……」


 あたしは名前を呼ばれてもないのに先走ってとんちんかん、しちゃった。


「あら? そうなの? まだ活動はじまったばかりだし、ゆっくりでかまわないわ、餅崎さん。それでね、みんなにお願いがあるんだけど、聞いてくれる?」


 あたしたちはそろってぽかんと先生を見た。


「ここだけの話にしてほしいの。先生との秘密にしてほしいんだけど」

「センセー、私、これでも意外と口かたいから」


 るかのなぞのアピール。


「ありがとう。心強いわ。……あのね、天王寺さんのことなんだけど」


 るかはがっかりしたような顔をした。えーちゃんは、驚いてる。

 あたしはいまどんな顔をしているのだろう。


「あなたたち、天王寺さんとおなじクラスよね?」


 あたしたちはそれぞれでうなずいた。


「それで、天王寺さんのこととか、知ってることとかあれば、なんでも教えてほしいの」


 先生は、口もとはずっと優しかったけど、……目が、キビシかった。

 窓がわ組にそうしてるみたいに――。

 なんか、とんちんかんで、なんかよくわかんないけどそれはオトナの表情って感じで、……あたし、ちょっとだけなんかこわかった。


「ね、先生のお願いなのよ」


 手をパン、と合わせた。先生、おどけてる。先生なのに。オトナなのに。……えーちゃんみたいに、おどけてる。


「なんでもいいの。なんでもいいから。ほら、クラスでどうだとか、お友だちとか、……家族がどうなのか、とか……」


 あたしはなんかやっぱヘンだと思った。

 ……だって、先生、なんかいっしょーけんめーすぎない?

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