イラスト美術クラブ
二週間にいちどのクラブの日。いつもみたいに、帰りの会のあとに帰るわけじゃないのに、帰りの会をしてきりつれいちゅうもく、をするのはふしぎな気分だ。
帰りの会が終わって、クラブごとになんとなーく集まる。ちらりと見ると天王寺さんはきょうもひとりでまっさきに教室を出ていた。イヤミな感じじゃないんだけど、なんだかね、あれ。と、いうか、クラブいっしょじゃーん、とか、言いたかったけど言えるワケもない。そうこうしているうちに、えーちゃん、るか、と集まった。えーちゃんとるかともクラブいっしょ。
そのまま、えーちゃんとるかと廊下を歩いて、美術室を目指す。あたしたちは五年生の二学期も、イラスト美術クラブを選んだ。おそろい。イラスト美術クラブなんて、ちょっとヘン。けど、イラストと美術と分けるとひとがそんなにいないからって、いっしょにされてるらしい。文句言う子もけっこーいるけど、あたしはあんまこだわんない。絵ってとこじゃ、おんなじだしね?
歩きながら。えーちゃんとるかが、さっきのことを言ってくる。
えーちゃんは背が高いけどガリガリだし、るかは背が低くてちょっとデブ。あたし間違ってもデブとかるかに言わないし、裏で言うひつようがあるときにもぽっちゃりとかふっくらって言うけど。るかはデブのくせに怒るとこわいのだ。えーちゃんはノーテンキだけどさっぱりしてる。
「りんごー、さっきさー、どこ行ってたワケー?」
「つか、なんで天王寺さんと戻ってきたん。みんなウワサしてたよ、目立ってたよ。ギャル系とかもあれなに? とか言ってたし」
あたしはへへへって笑った。まあ、そりゃ、訊かれるよね。カクゴは、してたし。
セーリのことは言わない。天王寺さんもうまくごまかしてくれたみたい。
ショーツのあたりがガサガサする。ちょっとカユいような気がする。ムレてるような。天王寺さんはそれでとりあえず帰るまではだいじょうぶって言ってたけど、うーん、やっぱり、慣れないなあ。
あとはえーちゃんがギャル系のグチを言っているうちに美術室に着いた。
ぱらぱら、ひとがいる。イラスト美術クラスはぜんぶで十二人。六年生が五人、あたしたち五年生が四人、四年生が、えーっと、だから、三人だ。男子は、六年生のふたりだけで、ほかはみんな女子。六年生の男子ふたりは絵がちょーうまい。なんか、ショーライ的に美大行ったりとか、画家になるんだって言ってる。先生もヒイキして教えてる。六年のその男子たちと女子もうひとりはなんかマジっぽくていつもデッサンとかしてるけど、あとは自由だから、みんな自由にお絵かきして遊んでる。
クラブ活動は、ぜったいやらなくちゃいけない。クラブとかゆうけど、習いごととか放課後に校庭でボールけってるサッカーチームとかと違って、授業といっしょだ。二週間にいちど、六時間めに、四年生からの高学年は、いやでも六十分参加しなくちゃいけない。ふつうの授業は四十五分なのに。ま、成績もつかないし、えーちゃんとるかとおしゃべりするだけで終わるから、いいけど。
……イラスト美術部は、教室よりも、ずっと静かだし。
えーちゃんとるかはいつもの席にすぐ座ったけど、あたしは、ふだんはキョーミもない窓のほうを、ちょっとぼーっと見てた。窓ぎわにはデッサン台とかもあって、ガチのひとたちの場所。
天王寺さんも、いつも、そこにいる。六年生のガチな三人と並んで、隅っこだけど、そこでいつもリンゴとかテーブルとか花の絵を、えんぴつで、描いてる。あんなんなにが楽しいのかなあってあたしなんか思うけど。
顧問の花ちゃん先生は、カワイくっておねえさんみたいな先生なのに、天王寺さんにはすごくキビシイ顔見せてる。横顔がこわいよー。
そうなんだよねー。あたしたちには見せないんだけど、窓ぎわのひとたちには、花ちゃん先生はそういう顔をよくしている。そういうときの花ちゃん先生は花ちゃん先生っていうか
あたしは花ちゃん先生に優しくしてもらえてラクだなあ。なんて、思うケド。
天王寺さんの顔は見えない。こっちからは背中だけしか見えない。
「あれーっ、どしたのりんごー、なに突っ立ってんのよーっ」
えーちゃんが呼んだけどあたしはなんかきょうだけは天王寺さんの背中から目が離せない。……すごく、髪が長い。そんで、チョーきれい。いっとき天王寺さんはモデルやってんだってウワサになった。つきあい、わるいし。けどいまはウリをしてんだってギャル系はよく言ってる。ウリって意味があたしにはよくわかんない。
「おーい、りんごー?」
「やめやめ、
「――そんなんじゃないもんっ!」
るかに怒鳴ると、さすがに気づかれちゃって、花ちゃん先生も、……天王寺さんもこっちを見た。
花ちゃん先生はキビシイ顔ひっこめてパッて笑う。
「あら、餅崎さん。こんにちは。きょうも楽しくお絵かきしましょうね。……あら、もうみんな集まってきてるのね。いけない、それじゃあもうすこししたらあいさつして、はじめましょうか」
花ちゃん先生は、けど、すぐにくるっと振り向いて、天王寺さんにぼそぼそってなんか言ってた。あたしは、聞き耳を立てた。
「パースがまだ狂いがちだから、もっとちゃんと対象を観察して。影は物理的にそうはならないはず、角度がおかしい。そう、そこね。うん、あとはよくなってきてる。まだ速くやったりとかはいいから、とにかく繰り返してほしい。……あと、市の展覧会のこと。ちゃんと、考えてくれた?」
「……パースのことは、はい、もっと観察します。市の展覧会は、わたしはやっぱり、遠慮しなきゃです……ごめんなさい。せっかく、言ってくださってるの、わかるんですけど」
「どうして。出しましょうよ。べつに先生、なにも悪いことをさせようというのではないのよ? ……天王寺さんの絵が、もっと広いところで輝くの、先生、見てみたいな」
天王寺さんは、うつむいた。こちらからは、背中しか、見えないけど。首のとこが、かくんって、おりた。
「……はい。ありがとうございます。でも、わたし、万が一でも、賞とか……もらうわけには。わたしはクラブで絵を描いてるだけで、それで……楽しいんです。それだけで充分なのです」
「もちろん。楽しく描くのはたいせつなことだわ、ええ、もちろん。けど――もったいない。天王寺さん、あなたの絵は、もっと大きなところに出さないと……」
あたしでも、天王寺さんが、スゴイ誘いを先生からされてるんだなってことくらい、わかった。
なのに天王寺さんはうつむきっぱなしで、そんな気も、ないみたいだ。
「ねえ、どうしてなの? 公子ちゃん」
先生の声は、急に優しくなった。しかもちゃん呼び。うわー、すげー。
「絵を描くことが好きで、こんなに光るモノを持ってるのに、そんなに市の展覧会に出したくないのって、なにか、理由があるのかな?」
「……あの。……わたし……」
天王寺さんはますますうつむく。
先生は、天王寺さんの口に耳を近づけた。
美術室は机組はいつも通りおとなしいし、いまはしゃべってる子たちもいたけど、そんなにうるさくないし、なにより、あたし、……聞き耳すっごく立ててたから。
先生がええっみたいに驚いてちょっとのけぞったときのそのときの言葉、えっ、聞き間違いかなって、でもちゃんとしっかり聞こえちゃったんだもん、ね。
学校は、……人間ごっこしてるから、って。
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