りんごほっぺは赤色に挑む
柳なつき
りんごほっぺはトイレで危機だ
あたし、たしかに、赤は好き。
けど、それとこれとは、話がべつ。
ショーツの、いちばんキタナイところが、茶色がかった赤でじっとりと濡れていた。
とても、気持ちの悪い、染みだった。
学校だし狭くて臭い和式。またがるの、好きじゃないんだけど、またがったままあたしは止まっていた。だってどうしようもないよ、これ、こんなの、あたし、知らないもん、……知ってるけど、知らないもん。ほかの染みじゃない、ハズ。あたし、こまめにトイレ行くし。
でも……こんな短時間でこんなにヨゴレるものなの?
いま、五時間めが終わって、帰りの会をこれからやる。きょうは六時間めまである日だけど、クラブの日で、六時間めは授業じゃなくてクラブだから、とくべつに先に帰りの会をやる。だって、あたし、お昼休みにちゃんとトイレ行ったよ。授業中にしたくならないように、あたし、こまめにトイレ行くことにしてるんだから。えーちゃんと、るか、ふたりはいつも声をかけてもウチらはいいやー、とか言うけど、あたしは、学校でトイレってこまめに行ったほうがいいと思う。
うん、そうだよ、……こまめに行くからあたし、気づいたんだもんね。こんなキタナイ染み……ポタポタ股のあいだから漏らしてたら、って思ったらぞっとした。
なんかでも信じらんなくて、トイレットペーパーちぎって、そっ、とソコを撫でてみた。
……うわぁ。キタナイおんなじ色が、くっついてきた。
じゃあ、マジ、そうじゃん。
たしかに、そうだ、なんか、このごろ、だるくって……でも風邪じゃないから仮病だって言われたけど、これだったらお母さんとお姉ちゃんにざまあみろ、だよ!
けど……困ったな。
五年生の教室に近いほうのトイレは、ギャル系がたむろってるから、あたしはわざわざパソコン室の隣のトイレに来ている。いつものことだ。ギャル系とおなじトイレだなんて考えただけでおそろしい。ドアに、耳、くっつけられて、トイレするとこ聞かれて、げらげら笑われそう。だってイシちゃんはそういうことされたってことで有名だもん。ギャル系は、こわいもん。
先生、トイレ行くひとはすぐに済ませてこいって言ってたし、もう戻らないと、まずい。けど……こんなキタナイもの、ほっとけないし。どうしよう。どうすればいいんだっけ。あ、このあいだ、保健の授業で保健の先生が授業したとき、ナプキン、だっけ、言ってたな。保健の先生が見せてくれた。こうして、こうやって、パンツにつけるんですよって。ばりばりって広げて、つけるんだって。えぇ、そんなとこに? オムツみたい、ってあたし思ったけど、ギャル系たちが、センセーもそのオムツしてるんですかーっとか言って、げらげらしてたから、あたし、なんかすごく嫌だった。センセー、苦笑いしてたけど、傷ついたんじゃないかな……オトナも傷つかないってことは、ないよね。ギャル系は、そんなこともわからないのだろうか。
けど、いま、そんなもの持ってないよ。どうしよう。どうしよう。どうしよう……。
あたしは便器にまたがったまま、そうやって、固まっていた。
考えが、まわらなかった。……いつものことだ、とりんごほっぺのあたしが、笑う。
そんなときだった。
ぱた、ぱた、と軽やかな足音がして、だれかがトイレに入ってきた、
「だれかいるのっ?」
あたしはなんも考えずに言っちゃってた。言っちゃってから、しまった、って思った。あたしはほんとよく考えずに行動するって言われる。先生にも、お母さんにも、お姉ちゃんにも、怒られる。どんくさいのにショードーテキ、って。
けど、あたし、このときだれかいるのってゆって大正解だって思ったよ。
「……え? あ、はい、いますけど」
この声、あたしは、知ってるもん――。
「
「……あ、はい、えと……あ、えっと、そっか。ん、と、……
「天王寺さん、ちょうどよかった!」
あたしは叫びながら急いでショーツとキュロットを持ち上げる。
「あの、あのね、あたし、あたしセーリ来ちゃったの!」
バンッ、とドアの外に出る。
天王寺さんなら、だいじょぶ、って自信があった。だって、天王寺さんは、四年生でセーリ来たことで、有名だから。……そういう情報って女子のあいだではすぐ広まるんだよ。男子は、知んないのかもしれないけれど。
それに、天王寺さんは、変わり者、だし。ハブにはされてないけど、変わり者だから、こーゆーこともあたし、頼める。だって、ギャル系にもフツウ系にも、あとついでにえーちゃんにもるかにも、チクられる心配、ないもん。
ちゃんとしゃべるのはじめてだったけど。天王寺さんは目をぱちぱちしながらも、ん、とほほえんでくれた。……ヤリィ。神サマ仏サマご先祖サマなんとかサマー、いま、にこに、変わり者を与えてくれてありがとう!
「ね、天王寺さんってもうセーリ来てんでしょ? 有名だもんね。ねえっ、にこの一生のお願いっ、ナプキン貸ーしてっ!」
あたしはおおげさに両手を合わせて頼み込んだ。これからこうやって唱えてあげてもいいよ、神サマ仏サマご先祖サマ天王寺サマなんとかサマー!
天王寺さんは、怒りもしない。やっぱ、変わってるなあ。ふつうキレるっしょ?
「あ、初潮ですか。大変ですね……というより、おめでとうございます、ですかね。困ってるんですよね? わたしのナプキンでよければ、使ってください。……わたしもいまちょうどの時期で」
よく見たら、天王寺さんはポーチを手にしていた。かわいくないポーチだなー。水色でひらひらしてて、おばさんが持つみたい。天王寺さんはガッコーの人間カンケーとかどうでもいいのかなー。いまどき、キャラモンくらい持ってないと、ハブ決定ってとこあるのに。
まあ、いいや。
あたしは、天王寺さんが出してくれたナプキンをむしりとった。
「サンキュー! このお礼はぜったいにするからー!」
「あ、いえいえ。ナプキン一枚ですし、気にしないでください」
あたしはナプキンを手にしてわくわくした感じで個室にもういっかい入った。
キュロットとショーツを、もっかい、下ろして。このオムツみたいなナプキン、ぴりりって……あれ? ノリみたいになってる……ねばねばするし、あ、ぐちゃっとなっちゃった! えっ、なにこれ、ただの紙くずみたいになっちゃった。こんなのきれいにどうやって貼りつけるの? 保健の先生は、簡単にやってたじゃん!
隣の個室からはぴりぴりって音がすぐに止んで、すぐに、水の音が流れた。ガチャ。――えっ? 天王寺さん、もうあのオムツつけたワケ?
水道で手を洗ってる気配までして、……オイオイオーイ、って。
「天王寺さん! ごめん! マジ一生のお願い二回め! これ、どうやってつけるわけー!」
「……あ、わかりませんか? そうですよね。最初だと、なかなか……えぇと。保健の先生とか、呼んできますか?」
「いやいやいやそれはやめてよ! ウワサになっちゃうじゃん! どうせ帰って親に言うからそれでいいし」
「わたしが中に入って教えるわけにもいかないので……外から、説明するのでよければ」
「オッケー、オッケー! マジ、オッケー!」
あたしは、それまでほとんど話したこともないクラスメイト、天王寺さんに、ナプキンのつけかたを教わった。
天王寺さんはイライラもしないし怒鳴ったり笑ったりもしないで、先生が授業するみたいにわかりやすく教えてくれた。
……ウワサほど、変なひとでもないような気がした。
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