りんごほっぺはぶわっとする
「なにをしているの?」
あたしは最初にそう叫んでしまった。あたしの叫び声キンッてしてうるさかったし怒られちゃうやつだってわかるけど。でも、でも、とっても、……ヘンだから。
ふつうに住んでるっぽいリビングに呼ばれたから、来たんだけど。ごはん食べるみたいなテーブルがあってさ。テレビもあって、ちっちゃい本棚もあって、カーペットはふかふか。すっごく立派なリビングなんだけど……。
天王寺さんがワンちゃんのカッコしてた。
首輪つけられて、犬の耳のカチューシャをつけて、肉球のグローブをして、服は白くて薄い袖なしの下着みたいなやつだけで、そこにちょこんと座っていた。
うつむいていて黒い髪がすんごくきれいなのはおんなじだから、天王寺さんなんだな、ってわかる、けど……。
もっと驚いたのは未来くんがしゃがみ込んで天王寺さんのきれいな髪の頭、撫でたことだった。それにさっきのおばあさんもなんかとくになんも注意とかしないで、そっちでお皿とか洗ってる。
「コーロ。どうしたの? お客さん、来てるから、照れちゃってるの?」
天王寺さんはもっと深くうつむいた、……花ちゃん先生に絵のこと言われてうつむくみたいに。けど、ちょっと違うみたいに……。
「ねーえー、にこをシカトして進めないでよ!」
あたしはなんかよく考えもせずにそう言っちゃって、ハッ、って思った。あたしは学校では自分のことにこってゆわない。あたしのあだ名はりんごほっぺだから。えーちゃんもるかも三年のときからずっとあたしのことりんごってゆってる。にこって学校のだれも呼ばない。呼ぶのは、家族だけだ。
あたしは言いわけするみたいにゆった。
「……あたし、お客さんじゃないし。天王寺さんの友だちだし」
「あはは、でも、コロって呼んであげてよ。名字がコロにあるのはかりそめのやつだから」
「かりそめ? って、なに? どゆこと?」
あたしはとりあえずしゃがみ込んだ。
天王寺さんがそっとあたしを見上げた。
あたしは、なんか、――ぶわっ、とした。トリハダ。
え? なんだろう、これ。よく、わかんない……けど、なんか、……えっ、なんだろう、
天王寺さんがふだんとぜんぜんちがってじとーっとした顔してたし、
……ずっと見てたいようないますぐ見てたくないような……。
目が、ね、
ぎらぎら、してるの。
……なんかるかの読んでる美形ばっかのバトルマンガとかにいそうだ。
「ほらコロ、そんなふうに睨んで威嚇しないの。コロが連れてきちゃったんでしょう?」
あたしはむっとした。
「ちょっと、なにー、きちゃったとかなに。そんなことゆうこと、ないじゃん。天王寺さんのキョーダイなのかもしれないけど、あたしだって天王寺さんの友だちだし?」
「……コロ、このひとそう言ってるけど、おまえ、人間の友だちなんていたの? っていうか、つくれるの?」
天王寺さんはいまもうつむいたままだ。
未来くんは、――天王寺さんのほっぺをつかんで無理やりぐいって上を向かせた。
「なにするの!」
あたしは金切り声を上げたけどふたりにぜんぜん届いてない。
「……ぁ、あう……」
天王寺さんは泣いてる。ぼろぼろ泣いてる。あたしはいちおう天王寺さんとおんなじ小学校で五年めだけど、天王寺さんが泣いてるとこなんて、たぶん、はじめて見た。……涙ってほんとにスジになって落ちてくんだなって知った。
「ねえ、なにしてるの! ねえ! そこのおばあさんも! この子ヘンなことしてる! ねえ! 聞いてよ! にこの話、聞いてよっ!」
おばあさんは顔も上げない。水の音で聞こえてないのかもしれない。
「ねえ、おばあさんっ……」
「……餅崎さん」
天王寺未来は、――なぜか優しくあたしの名前をゆった。
「問題ないよ。コロは、恥ずかしがってるだけだ」
……恥ずかし、がってる。
天王寺さんと一瞬だけ視線が合った。
天王寺さんは泣いてるんだけどそれだけじゃないかもしれない感じで、まっかっかだった。
顔が。
……あたし、もっかい、ぶわ、っとしたし。
……あたし、思い出した。
あたしは天王寺さんにトイレでナプキンもらったんだ、ってこと。
あの赤色を――未来くんはゼッタイ知らない。
「……未来くん男子だからわかんないもん」
「……え?」
「あたしと天王寺さんのユージョーなんかわかんないんでしょってこと!」
あたしはそう叫ぶと、立ち上がった。
水道をキュッと止める音がした。
「帰るのならば送りますよ」
……おばあさん、なんだ、聞こえてたんじゃん。
おかしい……。
この家、なんだか、おかしいよ。
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