第7話

 メディ達と別れた後、アタイは一人、姿街を歩いていた。こうして姿を消している間は素早く動けないのが難点だが、普段ほとんどこの状態で動いている私からすれば慣れたものだ。

 勿論、無意味にこんなことをしているわけではない。メディの作戦に異議を唱えるわけではないが、潜入する場所を下見しないというのは心配だ。よってアタイは一人、『教団』の根城に向かっているというわけだ。

 到着した『教団』の集会所は、一見ただの広い民家にしか見えなかった。周囲には老婆が切り盛りするパン屋があり、長閑な街角といった雰囲気しか感じない。周辺の人々に話を聞けば、会員制のクラブか何かだと思われているらしい。まあ、当たらずとも遠からず、だろうか。

 改めて姿を消し、集会所の扉の前に立つ。少なくとも今は人の気配はなかった。鍵を確認する。見た限り普通の鍵だ。アタイなら簡単に開けることが出来るし、メディは熟練の魔術師ソーサラーだ、解錠アンロックの魔法なら、10秒とかからず扉を開けることが出来るだろう。まあ、当然アタイは正面から入るつもりは無いけど。理想的なのは姿を消した上でこの建物に入ろうとする『教団』の構成員達の後ろに続いて侵入することだ。今日はそうは行かないので、外から入れる場所が無いか探す。

 それなりに骨が折れる作業かと思ったが、不用心なことに2階の窓が開いていた。罠を警戒するが、見た限り中の壁や床に仕掛けは無いようだった。それでも慎重に窓枠から足を床につける。そこで思わず息が出た。

 二階にはいくつか部屋があるようだった。その内適当な部屋の鍵を開け、中を見るが、宿の一室のようになっていて、最低限の家具とベッドがあるだけだった。ただ、壁に貼られた、無闇に大きな魔法文明時代のこの国の国旗だけが、この静かな部屋の中で異質で、なんとも言えない気味の悪さが胸に去来する。アタイは急いで、そして後から考えれば幾分雑にこの部屋から出て、扉を閉めた。

 鍵開けをしたことで透明化が解けたので、また姿を消し直す。短時間で3度もこの能力を行使したせいで、体内のマナの消費が酷い。使えるのはあと一度が限度だろう。私は2階を後にし、1階へと降りる階段へと歩を進めた。

 1階は広間になっていた。恐らく集会はここで行われるのだろう。先程部屋にあったものより更に大きな国旗と、所狭しと描かれた多くの魔法陣が、この場所で何が行われているかを物語っていた。魔神を召喚し使役する儀式はここで行われるのだろう。メディは魔神召喚の際甘い匂いがすると言っていたが、確かにここにはこびりついた甘い匂いが充満していた。甘味のような食欲をそそるものではなく、薬を飲みやすくするために甘くした時のような、あのわざとらしく気持ちの悪い、嫌な匂いだ。

 ここに長居はしたくなかった。アタイは焦って、最初に入ってきた窓ではなく、目の前に見えた正面の扉から出ようとする。しかし、そこまでの距離が妙に遠く感じる。アタイ達レプラカーンの目は夜でもよく見えて、距離感を失うことはないはずなのに、だ。更に焦り、足が速くなる。透明化が解けた。その時、声が聞こえてきた。


「そこで何をしている」


 平坦で、感情が無い、大根役者のように世界から浮いた、男の声。何故今まで気付かなかったのか。いや、その男が手に持っているのは杖だ。魔法の発動体として一般的なそれを見て、その男も自分と同じように魔法で透明化していたのかもしれないということに気付く。

 見つかってしまったのは致命的だ。敵に警戒されるし、そもそも私は技術は兎も角非力だ。正面から男に組み敷かれれば抵抗出来ない。それに、目前のこの銀の仮面を着けた男は強いと直感が告げていた。


「我々のことを嗅ぎ回っているのは紅蓮の魔女だけだと思っていたが。こんな文字通りの鼠にまで探られているとはな」


「紅蓮の魔女……メディのことを知ってるの?」


 この際、死んでも仕方が無い。無いが、少しでも時間を稼ぎ、逃げ道を確保しなければならない。幸いにして扉は近い。街に出てしまえばアタイの足に追いつけはしないはずだ。喋りながら、ジリジリと扉への距離を詰める。男は気付いていないようで、言葉を続けた。


「知っているさ。新入りだが、ハイペリオン級の冒険者が話題にならないはずもない。しかしその口ぶり。貴様もヤツの仲間か、探し屋の鼠」


「さあね。アンタにゃいくら積まれても情報は売らないよ」


「口の減らんヤツだ。だがまあ、良い。どうせ貴様らでは我には勝てん。見逃してやる。そんなにゆっくり後退らなくとも、その扉を開けて一目散に逃げれば良い」


「ッ!」


 遊んでいる。こいつにとってはアタイ達に探られるのも、3日後に襲撃されるのも少し刺激の強い遊びでしかない。遊びと断じられるほど、こいつは強い……!

 ダメだ。こいつと戦っては。メディに伝えなければ、この男の存在を。十分情報は集めた、依頼は達成したと言って良い。1万ガメルは大金だ、それを元手にこの街を出てしまおう。そうだ、アタイは臆病だ。死にたくないし、あの美しい紅の少女を死なせたくない。

 呼吸が速くなる。銀仮面は動かない。アタイはそいつの言った通り扉を開け、夜の街を一目散に逃げ出した。追ってはこない。しかし恐怖はいつまでもアタイを追い立てて、息が切れるまでアタイは走り続けた。

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