第8話

 その日はラットに呼ばれて、本来予定には無かったが、悪竜騎士団のアジトで集まることになった。相も変わらず粗雑なこの無能地区のチンピラ共をのらりくらりとかわしながら、私はそこへとたどり着いた。どうやら一番乗りだったようで、騎士団の団員に中で待っているよう言われた。

 ここはかつて酒場だったのを再利用しているらしく、カウンター席だった場所に座ると、気を利かせた団員の一人が酒を持ってきてくれた。一口飲む……アルコールを摂取するという欲望だけを満たす味だった。


「……安酒だな」


 聞こえないように呟き、コップを置く。と、コップが一人でに動きだす。


「鼠、お前は未成年だろうに」


 私が虚空に向かってそう言うと、そそくさとした動きでコップが元の場所に戻り、ばつの悪そうな顔をした鼠が姿を現した。


「いやーははは、ちょっと興味があって」


「言っておくがこの酒は不味いぞ、最初に飲む酒がこれではどんな酒豪の素質があるヤツでも下戸になりかねん」


「そこまで言われると逆に気にならない?」


 中々引き下がらない鼠を見て、私はコップに残った酒を一気にあおった。ああーっ、と言う鼠の声が聞こえたが、私だって好き好んで他人に悪い酒を飲ませたくないのだ。

 ちなみに私はさっき未成年だと言って鼠を咎めたが、子供には酒を飲ませない方が良い、という常識はあれど、特に飲酒が法で規制されているわけではない(無論、他の国であれば違う場合もあるだろうが)。それに、年齢で飲酒出来るかどうかを決めてしまうと、ルーンフォークやメリアの短命種のような成人年齢があってないような種族や、逆にリルドラケンのように成人年齢が高い種族が困ってしまう。結果、大体は自己責任で、という話になるのだ。今までの流れから察するに、鼠は飲酒したことはないらしい。


「この依頼が終わったら良い酒をいくらでも飲めるさ、我慢しろ。ちっ、少し酔ったか」


 顔が熱くなっているのを感じる。元々私はそう酒に強い方ではなかった。あんな酒を一気飲みしては気分も悪くなる。私はカウンターに突っ伏して目を瞑った。


「おうメディ、それに鼠も、早かったな。ってメディの方は潰れてるじゃねえか」


 後ろで野太い声が聞こえた。ガラニカが来たのだろう。私は振り向くのも億劫だった。


「まあ無理に動くな、我らが太陽よ、この者を蝕む毒を拭い去りたまえ。キュア・ポイズン」


 ガラニカが何やら私に手を翳すと、途端に体が軽くなった。解毒の効果がある神聖魔法だ。酔いにまで効果があるとは知らなかったが。


「助かった。危うく寝るところだった」


「ここにゃ碌な酒はねえからな、騎士団の連中はそれでも悪酔いしないように体が慣れちまってるが、お前みたいなお嬢さんにゃキツいだろう」


「お嬢さんと呼ばれるのは不本意だが、まあキツかったのは事実だよ」


「ま、強がるこたねえさ。で、ラット、お前から話があるらしいが?」


「うん。アタイ実は昨夜、一人で連中の集会所に行ったんだ」


 私は鼠のその発言を聞いて驚いた。先程は酒のせいで体が熱かったが、今度は冷や水を浴びせられた気分だ。


「『教団』の集会所にか!?危険なことを……!」


「まあ落ち着けよメディ。こうして生きて帰ってきてんだ、潜入自体は上手くいったんだろ。しかし俺達を呼び出したってことは、中で何かあったんだな」


 ガラニカに制され、私は冷静さを取り戻す。鼠はというと、ガラニカの問いに頷いていた。


「中の様子は結構詳細に見られたよ。気味の悪い場所だった。普通の建物の皮を被ろうとして失敗してるって雰囲気さ。一通り見て回って、戻ろうとした時、アタイは銀仮面の魔術師に見つかった」


「銀仮面の魔術師、だと?」


 私はそいつに覚えがあった。いや、昨日の夜に会ったのだから、忘れようもない。世界から浮いた強者。英雄ならざる人の敵。


「メディ、知ってるの?」


「知っている、とは言い難い。それについては後で話そう。続けてくれ」


「うん。そいつは、強かった。アタイ達に探られてることも、襲撃されることもちょっと刺激の強い遊び程度にしか思ってない。正面から戦ったとしても絶対に勝てない」


「で、結局何が言いたいんだ、ラット」


「……もう、この依頼からは手を引いた方が良いと思うんだ。今まで集めた情報だけでも十分報酬を貰うに値すると思う。1万ガメルなんて大金だよ、それ持ってどこか、あの銀仮面の目の届かないところまで逃げちゃえ」


 鼠の主張は最もだ。あの銀仮面の男は強い。それは私もわかっている。しかし、鼠の言葉から新たに判明した事実が、私の好奇心をくすぐっていた。


「そうだな、お前の意見に、私の理性は賛成してるよ」


 私の言葉に、鼠は強く頷き、笑顔を浮かべた。ああ、この笑顔を曇らせてしまうのだけは、申し訳なく思うな。


「だが、私は冒険者だ。危険を冒すものだ。借に好奇心が私を殺すとしても、私は私を超える魔術師の魔法をこの目で見てみたい!」


 私は好き好んで冒険者になった。そして好き好んで冒険者になったような者は、大抵が夢を見すぎた若者か、私のようなろくでなしなのだ。冒険者は冒険しない、というのは良く聞く警句だが、冒険せずに新たな発見は得られない。命よりも好奇心を優先するべきだと思えばそう出来てしまう狂人だ。

 私が珍しく大声を上げたのを見て、鼠は呆けていた。我に返って、私にまくし立てる。


「アタイの話聞いてた!?死んじゃうかもしれないんだよ!?」


「大丈夫だ、頭と背骨さえ残っていれば生き返れる」


「冒険者の価値観!!」


 実際、相応の値段と、魂への“穢れ”を代償に操霊術士に蘇生リザレクションの魔法をかけてもらえば、死亡しても生き返ることが出来るし、冒険した先で死んだ冒険者を回収する、死体回収屋というそのままな名前の職業もある。勿論それらは、死を厭わずに冒険しても良いという免罪符ではない。忘れがちだが普通は1度死んだらそれで終わりなのだ。私も今は熱に浮かされてとんでもないことを喋っている自覚はあった。


「まあ二人共落ち着けよ。確かにその銀仮面は強敵らしいな。だがまあラット、俺ぁこの地区の自警団の団長だ。ここで一番危険に突っ込んで行かなきゃいけねえヤツが、そんなヤバいのを放っとくわけにもいかねえだろ。ま、本当にヤバいようなら逃げるけどな」


 ガラニカは至極真っ当な理由でこの依頼を遂行する意を示した。これで2対1、多数決的には鼠の負けだ。

 鼠はしばらく考え込むように俯いていたが、やがて大声を上げて私の腹を殴った。痛い。


「あーもう!メディもガラニカもバカだ!死んじゃうかもしれないのに、何が生き返れるだ!アタイは死ぬのが怖い!でもそれ以上にアンタ達が死ぬのが怖い!だからアタイもついってってやるよ!死んだら化けて出てやるからな!」


「それは何より。そこまで言うなら死なないよう頑張るさ。ところで私を殴る必要あったか?」


「うっさい!一発くらい殴らせろってんだ!」


「大分ヤケになってやがるな……」


「ま、作戦決行前に一人も欠けることが無さそうで何よりだ。あのいけすかない銀仮面が正面から私達を受け止めるというのなら、そのまま正面突破してやろうじゃないか!」


「「おう!!」」


 こうして私達即席パーティは、『教団』を倒すという共通の目的に向かって進み出すのだった。

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