第46話
「来週の月例、出れるようにしといた」
「えっ?」
いつも通り組手で汗を流し、水分補給の休憩をとっているところだった。各務が尻ポケットから何かを取り出し、手渡してくる。
それは「月例」について書かれたプリントだった。
「毎月やってるから、月例。まぁテストみたいなもんだ」
月例とは、戦闘科が毎月行う学内個人戦だ。リーグ方式で行われるもので、毎月ランキングが更新されていく。戦闘科ならではの競争社会だ。
「俺出ていいんすか?」
「ルール上の制限はない。医療科から出たやつもいる」
ただし一人だけだが、とは言わない各務。その唯一の型破りが、彼ら共通の知人だとは思わないだろう。
「でも俺、まだ使えませんよ?」
「じゃあ使えるようにしろ」
「ゔっ」
あと一週間で仕上げろという指示に、顔を強ばらせる少年。
ようやく術式を暗記したところなので、残りは発動と戦術への組み込み。発動までは割とスムーズにいけるだろうが、戦術へ組み込むのは、かなり難しいだろう。
「今日この後は発動まで。出来次第解散だ」
「えっ、次第って……もしかして」
「あぁ。出来るまでは帰れん」
「うっへぇ」
今後待ち受けている地獄に、若干の吐き気を催しながらも頷く。
自分が強くなりたいと頼んでいること。それにサバイバル演習で出会った彼女達は、今の自分よりも遥かに強い。
そんな彼女達をーー
「救うんだろ、俺が」
手のひらをぐっと握り締める。そこに掴んだ決意を話さぬよう、顔を上げる。
「お願いします」
構えたその手のひらに向かって、各務は拳を押し付け、体重を一気にかけた。
彼らの訓練は深夜まで続いた。魔力が枯渇するたびに休憩を挟み、脳がクラクラするのも厭わず、ただ肉体と刻印に刷り込んでいく。適温の筈の室内で汗だくになりながら、魔力が続く限り振り絞る。暗記した術式を展開し、適量の魔力を注ぐ。この時に注ぎ過ぎれば一気に崩壊し、足りなければ分解して散り散りになる。一定の出力で、展開から発動までを行わなくてはならない。
聖者の刻印は魔力コントロールに長けてはいる。だが瞬間出力には欠ける。この拡圧においても同様、出力は医療魔術よりも大きい。
「まだ弱い。もっとだーーそう。そのまま安定だ」
ようやく出力が安定してきた。力むほど出力がブレるので、浅く呼吸。
「ふぅ……っ!」
丹田に熱を感じる。知らず強張る肉体と、それに伴って動く魔力を、精神力だけで制御する。
「救うんだろ」
各務が叱咤する。
その言葉は、きっと彼を奮い立たせるためのものだっただろう。だが彼にはーー医療科生にとっては、違う意味を持つ。
(頭を冷やせ)
意図的に肩の力をぐっと抜く。姿勢を正し、押しつけられる拳に正体する。
そしてただ真っ直ぐに、術式に魔力を送り込んだ。
「むっ」
各務の感じていた反発が一気に減る。この手応えの無さーー
「よし」
各務は手を引いた。もう必要ない。
「はぁ、はぁ、ーーっはぁ」
息を止めていたのだろう。洗い呼吸を繰り返す斎藤の頭に、そっと手を添えた。
「よくやった」
滅多に褒めることのない彼の賛辞に、少年はびっくりした様子だった。
(これでも教育者だぞ)
とは思ったが突っ込まず、ただ肩にポンと手を置いた。それで伝わったのだろう。はにかみ、照れ臭そうに笑う少年に、何処かむず痒い感覚を覚えて手を引っ込めた。
転装のメディック なちゅぱ @2ndmoonsound
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。転装のメディックの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます