第45話
「すいません。大丈夫ですか?」
「あっ、えっ、……はい」
ブースからの出頭に出会したのは、大きな胸と白い肌が艶かしい少女。タオルで重要な箇所は隠れているが、少し翻れば全て見えてしまいそうだ。声がうまく出ない。つっかかりながら出た言葉は上擦っており、女性っぽく聞こえなくもないものになった。
少年は、彼女のことを知っていた。
「良かったです。では」
そう言ってすいとシャワーブースに入っていく少女。斎藤には目も暮れず。当然だ。髪型も違う、メイクもしていない斎藤は、あの時とは別人に映るだろう。
「雪……」
言いかけた名前が空に溶ける。堪えるように噛み締めた唇が震える。あの時から、後ろめたさと恥ずかしさは消えない。
無意識に胸から巻いていたタオルのお陰で気づかれなかったようだ。ボディラインは出ていた筈なのに男と思われないとは、どんだけ貧弱な身体なんだ。そもそも顔つきでバレない時点でお察しなところがあるが。
急いで着替えると、その足で各務のいるだろう職員室に向かった。一言文句でも言わないと気が済まない。
「先生!」
「ん?どうした」
各務はいた。丁度帰るところだったようで、荷物を持って挨拶をしているところだった。
「シャワー室なんですけど、何で女子用を使わせたんですか」
「は?お前女子の方行ったのか?そりゃ犯罪だぞ」
「教えられた場所も渡された鍵もどっちも女子シャワー室でした!」
そうなのだ。今まで普通に使っていたシャワー室。奇しくも貸し切り状態で使っていたが、よくよく部屋を確認すると、しっかり女子シャワー室と書かれていた。
「ん、あ、あー……すまん。間違えた」
「やっぱり」
責任が自分にないことに安堵した斎藤に、各務はじっと冷めた目で見つつ、
「ふむ……お前女子制服着てただろ。だからな」
「ゔっ」
思わず出た呻き声。さっきまでの怒りや安堵が消し飛ばされるほどの痛烈な一撃。あくまで自分は男だという自負からか、こういう望まぬ女子扱いは、こう、嫌というか、危機感のようなものを抱かせる。
一方そんな斎藤を眺める各務は、自分の感覚を客観視して人知れず驚いていた。これは彼自身不思議な感覚だが、斎藤の訓練中の女子制服姿は、男の姿も含め正体をちゃんと知っていても、女子として認識するほどには違和感が無いのだ。特別女性らしい言動や所作というわけではない。だがなんというか、男らしくもないのだ。その自然な姿が、余計に誤認させる要素となっている。ただでさえ下手な女子より可愛いのに。
「シャワー室についてはまた対応する。お前も帰ってはよ寝ろ」
「……よろしくお願いします」
結局スッキリしないまま、差し出された手に鍵を落とし、背を向けた。思考がうまく回らない。ーーいや、今はこのままの方がいいかもしれない。
やることは無限にあって、考えなきゃいけないことは次々増えていく。その全てをこなして結論を出していかなきゃいけないんだから、生きるというのは何故こうも忙しいのだろうか。
とりあえず今日は好きなもの食べて寝よ。
道中で寄ったコンビニのシュークリームが、やけに美味しく感じた。
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