第44話
一ヶ月間。避けて、避けて、殴られ、避けて、蹴られ、避けて、避けて、ぶっ飛ばされ。放課後という本来ならのんびり穏やかな時間は、地獄と化していた。
「反射神経に頼るな。予測の上で動け。手の形、重心移動、表情、間合い。判断材料は無数にある。その中から最善を選び取れ」
小振りから繰り出された右中段が脇腹を狙う。当たればしばらく呼吸はできないだろう速度と威力だ。
「くっ!」
蹴り脚に沿うように同じ向きに身体を倒し、そのまま転がる。勢いが強く、即座に立ち上がることができない。膝立ちで辛うじて顔を上げるも、身体は思うように動かない。
「ふんっ!」
その隙を逃す相手ではなく、すり足と踏み込みで加速した掌底が額を打つ。視界がぐらぐらと揺れ、受け身も取れぬまま左肩から地面に落下。苦悶の声さえ上げられない痛みの連続に、呼吸が止まる。
「これでちょうど二十回。お前が今日死んだ数だ」
「はぁ、はぁっ」
胸に手を当て、呼吸を意識してようやく息が吸える。日に日に各務の攻撃は苛烈さを増している。これでも魔術によって威力を底上げしているのではないらしい。使うのはあくまで拡圧のみ。攻撃範囲を広げるだけで、威力自体は肉体のみのもの。つまり純粋な体術でこの強さなのだ。
医療科と同様、またはそれ以上に、魔術以外の能力が求められる。
「余裕がないな」
「っ……はい。頭と身体、どっちも追いついてなくて」
予測にしろ回避行動にしろ、とにかく速度が求められる。特に思考速度が。
「慣れるしかない。そのためには繰り返すのみだ」
近道などない。続けるしかない。努力しか、出来ない。
「休憩は終わりだ。さぁ立て」
「はいっ!」
構える両者に油断はない。隙を伺い、または作るために思考を巡らす。
この日、少年は四十二回死んだ。
ざぁぁぁぁぁ……。
「ふぅ……」
思わず息を吐く。白く煙る視界には、つい十数分前の記憶が重なる。迫り来る拳や蹴り、そして見えない力場に、翻弄され、追い回され、遂にはぶっ飛ばされる。今までの安穏とした日常が恋しくもあるが、それ以上に後悔が大きい。
「何やってたんだ、俺は……」
知れば知るほど感じる、自分の弱さ。生き残ることさえ、その術さえ磨いてこなかった自分への苛立ち。
今過去に行けるなら、自分に言ってやりたい。鍛えろと。今できることはそれだけだと。
「ま」
そんな生産性のない空想、虚しくなるだけ。
気分を無理矢理変えようと、ぐっと顔を上げ、シャワーに身を預ける。
身体に当たるぬるめのお湯が、こびりついた疲れを洗い流してくれそうな、そんな錯覚に浸る。実際、汗は流せているが、疲れやダメージは身体の奥にズンと居座っており、シャワー如きでは払えそうもない。むしろより疲れていく気がする。
だがそれでも、訓練後のシャワーは欠かせない。血行を促進し、何より昂った神経を落ち着かせてくれる。
これは魔術では出来ないことだ。
「さっと」
大分気分も良くなったところで、シャワーを止めた。そして意気揚々と、鼻歌なんかを口ずさみながらブースを出たところでーー
「あ」
「へ?」
正面に、肌色があった。
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